04話 夫婦
【あらすじ】
貧しい村で生贄に捧げられた少女は、山奥の社に住んでいる神と出会う。神の滋養になるため食い殺されると思っていた少女だが、神は少女を気に入り側に置くことに。
次第に明かされる神の本性。果たしてそれは本当に神なのか、それとも……。
目覚めると、隣には美しい女性が眠っている。
自分は昨夜この女性と……。とても信じられない心地だった。あえて言及するなら、神様とのいわゆる『夜の営み』は、あまりにも優しく、気持ちが良かった。
神様のひんやりとした指先が、私の肌を撫で、美しい顔を微笑ませて、柔らかい口づけを何度も交わした。全身をくまなく愛撫されて、溶かされてしまいそうになりながら。初めての行為ばかりで緊張していた気持ちは、気が付けば忘れ去っていて、ただ楽しそうな神様を見て、感じたままに、小さく声を上げることしか出来なかった。それは、愛されているのではと思いそうになるほどに、満たされた時間。
分かっている。私にとっては初めてで、きっと死ぬまで忘れられないこの一夜のことも、この方からすれば、永い生の、ほんの一瞬、沢山あそんだうちの一つに過ぎないということは。気まぐれに優しく抱いて、飽きるか壊れるかしたら捨てられる。それまでの命。
分かっていても、大切にされているように錯覚させてくれることを、嬉しいと思ってしまった。
「……そろそろ捧げものを取りにいかないと」
神様を起こさないように、そろりと布団から抜け出すと。
『おい、どこへ行く』
「も、申し訳ありません。社への捧げものを取って、掃除をしようかと思ったのですが」
『なんだ、私と寝た日くらいはそんなもの忘れろ。寒いだろうが、早く戻れ』
「か、かしこまりました……あ、でも捧げものは、あまり放っておくと動物につつかれてしまうかも……」
『別に問題ないと思うが。まぁいい、我が花嫁の心配ごとを置き去りにするのは忍びない』
そう言うと、神様は布団から少しだけ体を起こして、宙に指を滑らせた。それはそのまま、弧を描き、手のひら程の空間が出来上がる。
『水鬼、来い』
空間に向かって短く命じると、ひょこっと小さくて可愛らしい人型のものが顔を出す。よく見れば、角のようなものが生えているが、それにしても『鬼』から想像するような恐ろしさは欠片も無い。
『お呼びでしょうか。御君』
見た目通りの可愛らしい声で尋ねながら、水鬼は神様のことを見上げる。
『社の前に捧げものがある。取ってこい』
『かまいませんけど、まさかそんなことで私をお呼びになったのですか……』
『なんでもいいだろう。私はそこの花嫁であったまってゆっくり寝たいんだ。捧げものが腐ったりつつかれたりするのを花嫁が心配して布団に戻ってくれないのでな、はやく取ってきて、適当に置いておけ』
『はぁ、また変わった遊びを始めましたねぇ』
呆れつつも、小さな鬼は社の外へと向かって行った。
『これで心配事は無くなっただろう。さぁ早くおいで』
「し、失礼いたします」
気になることは色々あるけれど、ひとまず、神様のためにお布団を温めるのが私の最重要事項ということになった。
二度寝をして、お昼ごろになるとようやく神様は体を動かし始める。と言っても、遅めの朝食を食べている私を眺めたり、寝転がりながら書物を読んだりするだけなのだけど。本当に神様は謎が多い。神様なのだから理解しようとするほうが愚かといえばそうなのだけれど、やはり少し気になった。
「あ、あの、御神様、お食事は、とらなくてよろしいのですか……?」
恐る恐る尋ねると、神様は書物から顔を上げた。
『私に興味が湧いたか?』
可笑しそうに、笑う。それがどのような感情から来ているのか、分からなかった。
「も、申し訳ありません!」
不敬だと、思われただろうか。神に問いかけるなどと、不快に思われたのでは……!
『なにを謝ることがある。お前は私の花嫁なのだから。知りたいなら聞けばよい。少々、不躾であったとて、殺しはせぬよ。花嫁であるうちは、な』
「……では、お食事を、一緒にとりませんか?」
『はははっ、私がヒトと食事をするのか。なるほど、考えたことも無かったが、良いだろう。夕食は共に摂ろうか』
神様は上機嫌だった。
「それから、私、以前は針仕事に興味があったのですが、やらせていただけませんか?」
『良いだろう。布も、糸もいくらでも用意してやろう』
「ありがとうございます」
その日から、私は神様と共に食事をして、村では絶対に出来なかった裁縫に没頭した。他にも、料理がしたいと言えば神様は食材を用意して下さったり、染め物もしたいと言ったら必要なものを揃えてくださった。
「御神様、あなたの服が作りたいです」
『私の?』
「はい。ですから、寸法を測らせていただけませんか?」
『……かまわないが、以前は私に話しかけることすら畏れ多いといった風だったのに、ずいぶんと遠慮がなくなったな』
「御神様が大変お心の広い方だと分かりましたので」
そう言いながら、神に触れて、彼女は採寸を始める。
『私の心が広い? はははっ、面白い冗談だな』
「冗談などではありませんよ」
『……正気か?』
「えぇ」
あっさりとした答えに、神はなにを思ったか、花嫁の首をさわると。
「っ、ぁ」
息が出来ないようにそれを絞めあげる。
『思い上がりも甚だしい。自由にさせているのは、お前にまだ飽きていないからだ』
「ぁ、ぅ」
何か言いたげな彼女の首を離してやって。
『わかったか?』
倒れこんで苦しそうに咳き込む少女を睨みつける。彼女は苦しそうに喉を抑えてうつむいたまま、神に言葉を返した。
「みか、み、さまは、お優しい……」
『まだ言うか!』
再び、少女に苦しみを与えようとその手を伸ばした時、彼女は神を見上げて、微笑んだ。あまりにも、優しく、あまりにも、恐れを知らぬ顔で。神は思わず動きを止めた。
「私は、死を望んでおります」
『なに、を』
「生贄になって、死ぬことは恐ろしくありませんでした。生きていることが、辛かったので。でも、御神様は私を生かし、まるで愛しているかのように抱いてくださる。私が花嫁である内は、なんでも与えて下さる。それでいて、私に飽きて、花嫁と呼べなくなったら、あっさりと、生きていることすら許して下さらないのでしょう。それなら私は、あなたに殺される日まで、好きに生きようと思ったのです。あなたが優しさをくださる内に、精一杯、生きたいと」
『っ、……好きに、しろ』
「えぇ。御神様も、私が疎ましくなったらどうぞ好きに殺してください」
『……言われずとも、そうするさ』
再び採寸を始めた彼女に、神は小さな声でそう返した。
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