アコニの花束 10話

10話 過去

※小児加害など一部残酷な描写があります

あらすじ
近代ヨーロッパを舞台にした復讐劇。
ある事件により、車椅子での生活をおくることになった少女イネスは、その事件に関わった人間を探し出して自らの手で復讐することを願っている。唯一の味方である元奴隷のルイに協力してもらうが、なかなか犯人は見つからないまま、親の勧める実業家イーザック・フォーゲルの元へ嫁ぐことを決める
最初は互いに利害関係のみで成り立つ冷え切った夫婦関係だったが、ある出来事をきっかけに仲が深まり、やがて復讐へ協力してくれることになるが……。

【過去】  イネス・リシャールが十三歳の誕生日を迎えた日。  少女は両親と、そしてルイと一緒に街で買い物をしていた。ルイは元々奴隷ではあったが、イネスが両親に頼み込んで助けてもらい、それから一緒に栄養のある食事をたくさんとるようになったので、しっかりとした青年に成長していた。イネスは、まだ奴隷がなんなのか、召使いにどう命じるべきなのかなんてことは分かっておらず、ただ傷ついた青年を助けて、彼が家の中に馴染むにつれて、まるで優しくて頼れる兄のような存在が出来たように思えて嬉しかった。  大好きな両親と、兄のようなルイ、誕生日プレゼントを買ってもらうための街での買い物は、とても楽しいものだった。  欲しいものは沢山あるが、やっぱり一番は剣だ。祖父が亡くなってから、両親はあまり私が欲しいと言う本は買ってくれないし、ナイフや木剣を握るのも賛成はしてなかったけれど、今日は誕生日だ。いつもはしぶるけど、今日なら買ってくれるかもしれない。  そんな期待で、イネスはわくわくしながら街を回った。 「なにか欲しいものは見つかった?」 「うーん、……あの、ね、お母さま、あっちのお店に行ってみたいんだけど……」  武器屋がある方をさしてイネスは言った。 「あ、あら、もしかして剣が欲しいのかしら? それならあんなとこじゃなくて、ほら、お父さまが木を削って作ってくれるわよ」 「うぅん、もっとちゃんと、重いやつがいいの。出来れば刃のついてるの……。ねぇ、絶対に大切にするから、決して遊びに使ったりしないわ。真面目に練習するから……お願い」 「もう、イネスったらかわいい子ね。仕方ないわ。でもああいうお店には、怖い人も来たりして危ないから、イネスはここで待っててちょうだい。私達が買ってきてあげるから。いい子に出来るわよね?」 「うん!」  その時のイネスの喜びようは言うまでもない。自分が本物の剣を振ることを想像して、期待に胸を膨らませたことだろう。  母親と父親は、ついでにルイのためにも剣を買ってあげようと言った。イネスの護衛でもあるのだから、ある程度良い剣を持っておいた方が良いと思ったのだろう。ルイはもう幼くないので、自分にあった剣を選んだ方が良いということで、一緒に店に行き、イネスは少し離れた店の角で三人が出てくるのを今か今かと待っていた。  その時だった。 「お嬢ちゃん、迷子かい?」  急に男の人に話しかけられて、びっくりするが、元気よく答える。 「ううん! 迷子じゃないよ。お父さまとお母さまと、あとお兄さま、みたいな人を待ってるの!」 「そうかそうか、じゃあ家族がくるまで暇だろう? おじさんの話相手をしてくれないか?」 「いいよ!」 「いい子だなぁ。ところで、お嬢ちゃんの名前はなんて言うんだい?」 「私? 私はイネスよ。イネス・リシャールっていうの」 「そうか、良い名前だな。間違いない」  そういうと、男の手は、イネスの口をおさえた。 「んん!?」 「静かにしてくれよ。こっちも仕事なんだ。心苦しいがちょーっと痛い目にあってもらおうってことでな」  そのまま、イネスは男に気絶させられ、気づいた時には、手足を縛られて薄暗いところに寝転がっていた。 「こ、ここはどこ……?」 「使われてない倉庫だよ。叫んでも助けは来ないから、大人しくしてくれよ」 「……お金が欲しいなら、お父さまに頼んだら沢山くれるわ、だから私を帰して」  イネスは暗闇にいる男に聞こえるように、けれど決して大きな声ではなく、男を怒らせることがないよう注意を払った。けれど。 「残念ながら、お金はもう、もらえることになってるんだよ」 「え……?」  その言葉の真意を知る前に、倉庫に何人かが入ってくるような足音が聞こえた。 「お、来たか。遅いじゃないか」 「すまんすまん、案外、道が複雑でな」 「それが例の女の子か。可愛い顔してるねぇ」  男たちは少女を囲むと、嬉しそうにその体に手を伸ばす。 「なにを……!」  得体の知れない恐怖を感じ、抵抗しようともがくが、意味はなく、縄がほどかれたのは分かったが体を押さえつけられて身動きはとれなかった。そして次に目に入ったのは、大きなナイフだった。 「ま、まって! 何をするの!? やめてよ、離してよ!!」  きっと痛い事をされるということだけは分かって、必死に叫ぶがそれに耳を傾けられることはなく、かわりに男たちは何かを言い交わしていた。 「お嬢ちゃん、悪いけど先にそのかわいいお洋服を脱いでもらおうね」 「い、いや、やめて! やめて!!」  誕生日だから、嬉しくて、お気に入りの白いワンピースを着てきたのに。  少女の体は人形のように動かされて、真っ白なワンピースを丁寧に脱がされていく。破けることがないように、男たちは細心の注意を払いながら、自分たちの蛮行が、すぐ雇い主にばれてしまわないように。 「さぁ、じゃあまずはその細い足を切ろうか」 「え───」  理解する間もなく、裸にされた少女のふくらはぎに、ナイフの刃が這って、真っ赤な痕を残す。男たちは、少女の悲鳴すらも楽しんでいた。次第に痛みのあまり遠のく意識を、悲鳴を聞きたいがために何度も揺り起こし、けれど間違って死んでしまわないように切り刻んだ足には布をきつく巻いた。  血まみれの足が、痛くて熱くて、自分の足じゃないみたいに見えて、男たちの姿が化け物のように映った。 「これで依頼の方は完了だな」 「じゃあいよいよ、お楽しみといきますか」 「こんなかわいい子は滅多にお目にかかれないからね」  そう言って、目の前の化け物達は体中をさわり、私の事をむさぼるように舐めまわした。おぞましいなどという言葉で片付けられることではなかった。何が起きているのか分からない。涙も出てこない。声も枯れ果てた。いたい、あつい、くるしい、きもちがわるい。あぁ、でも、喉かかわいた、なんて思っていたら、口の中にグロテスクなモノをいれられて、吐きそうになった。股をまさぐられているけど、足を切られた痛みでよくわからない。でも何かが、熱い足に、冷たい何かが、つたうような感じがするからきっと血が出てるんだろう。体中を犯される感覚に、だんだん意識が鈍くぼやけていくのを感じた。  ただ覚えているのは、化け物の喜ぶ様はなんとも醜く、滑稽だったということ。  化け物どもが汚い声で私の名前を呼んで、汗をかいて必死に腰をふる中、ふと、風を切るような音が聞こえて、少しだけ意識を戻した、刹那───視界は真っ赤に染まった。  化け物の悲鳴が聞こえる。化け物が逃げまどって殺される。醜い血液をまき散らしながら、断末魔まで、こうもおぞましく感じられるものだろうか。  私は、ただその様子を見ていた。悪魔のような形相をした、その人が、次々に化け物を刻み殺すのを。 「っイネス! イネス、イネス」  その人は、何度も私の名前を呼んだ。悲痛な声で。 「……ごめん、ごめんよイネス。怖かったろう。痛かったろう。ごめんよ、僕がずっと傍にいれば。イネスが……!」  彼は私のことを抱きしめて涙を流していた。 「……いいの、助けに来てくれてありがとう」 「もっと、もっとはやくイネスがいなくなった時に気付いていれば、あぁ、後悔しても遅い……ごめんよ。すぐにお医者様の所に行こう。イネスは目をつぶっていて。僕が連れて行ってあげるからもうなにも心配しないで」 「……ルイ」 「なんだい?」 「股から血が出てるの」 「っ、そ、それもお医者様に見てもらって、治してもらおう。大丈夫だ。きっと、きっとすぐに痛くなくなるはずだ」 「違うのよ。ルイ、大丈夫、分かるもの。だから血が止まるまでお医者には連れて行かないで」 「な、なにを言っているんだ、イネス、一刻も早く───」 「ルイ、私のルイ、言う事をきいてちょうだい」 「……、……分かった」  少女は希望を失い、大人になった。  

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