アコニの花束 06話

06話 剣

※小児加害など一部残酷な描写があります

あらすじ
近代ヨーロッパを舞台にした復讐劇。
ある事件により、車椅子での生活をおくることになった少女イネスは、その事件に関わった人間を探し出して自らの手で復讐することを願っている。唯一の味方である元奴隷のルイに協力してもらうが、なかなか犯人は見つからないまま、親の勧める実業家イーザック・フォーゲルの元へ嫁ぐことを決める
最初は互いに利害関係のみで成り立つ冷え切った夫婦関係だったが、ある出来事をきっかけに仲が深まり、やがて復讐へ協力してくれることになるが……。

【剣】 「イネスお嬢様……ではなく、奥様、こちら、街で見つけたフルーレという武器です。あくまで競技用の模擬剣ですので、刃はついていませんが、比較的軽いですから、こちらでリハビリをされるとよろしいかと」  そう言ってルイから貰った剣で、稽古を始めてから、はや一週間が過ぎていた。イネスは毎日、毎日稽古をした。目標は立って剣を振るう事。騎士になるという夢はついえても、自らの足と、純潔を、奪った者たちへの復讐は必ずこの手で果たすと誓ったのだから。  今日は、ルイは出かけている。度々街に出て情報収集を行っているのだ。そのため、一人で剣の稽古を行う。イーザックの屋敷の使用人は必要最低限の人員に抑えており、イネスの部屋には極力近づかないようにアダルフォが上手く話してくれていることもあり、気兼ねなく剣の稽古が出来る。 「お母さまやお父さまが見たら発狂ものだわ」  両親は、イネスが剣を握ることを酷く嫌っていた。祖父は私の誕生日プレゼントに小さなナイフをプレゼントしてくれ、冒険譚を買ってくれたが、両親はことあるごとに花やドレスをプレゼントしてきた。  それに、忘れはしない。私が医者にもう立つことは出来ないかもしれない。剣の道もあきらめなさいと言われたあの瞬間、明らかに、安堵した母親の顔を……!  私が痛みと恐怖に苛まれ、あげく憧れていた将来が、手の届かないものになった苦しみすら、あの人たちにとってはどうでもいいのだ。理想の娘であること以外は、許されなかった。だから、唯一信頼できるルイに頼んで、いかにも少女らしい趣味に没頭しているように見せかけて、ひっそりと二人だけでリハビリを始めた。  この家では余計な言い訳を考える必要はなく、ただ存在しているだけでいい。あの頃よりずっと楽だ。 「はやく刃のついた剣が握れるように、頑張らないと……」  なんとか歩くだけなら安定してきたが、剣を持つとバランスが崩れるため、壁を支えにしなければ動けない。 「壁を、離れて、っ……!」  数歩、あるいたところで、ぐらりと体が傾いて───剣は手を離れ、かたい床と金属のぶつかる音が部屋に響く。 「いっ……あぁ、もう、あんなに遠くに……」  床を這って、剣を取りに行こうとした。その時だった。 「何をしている!」  突然開いた扉から現れた男の声が、頭上から聞こえた。  イネスは、男が次の言葉を発するまでの短い時間に、様々なことが頭をよぎる。両親にこのことがバレてしまったらということ。そしてここでの生活がなくなること、家に帰れば今まで以上に両親の目が厳しくなるのは分かり切っている。剣を振り回している女なんて知れたら、もはやどこにも居場所はない。それも、理由が復讐のためだなんて……!  頭が真っ白になってしまって、もうどうしたらいいか分からなかった。  けれど、男は予想とはまったく違う言葉を発したのだ。  イーザックは、青ざめて、イネスに駆け寄り、 「自殺を図るほど、この家にいることが苦痛なのか!?」  そこには、後悔と、不安、純粋な気遣いだけがあった。 「え、あ、ちが……」  あまりに真剣なイーザックの様子に動揺して、先程まで考えていたことが全て頭から飛んで行ってしまった。 「なにが違うんだ!? ひとりで、あんな剣をもって、一体なにをしようと……!」 「ほ、本当に違うんです。あの、き、騎士に、憧れていて、その、えぇと、でも」  慌てて言わなくても良いことまで喋っていることに気付かないまま、イネスはなんとかイーザックの誤解を解こうと更に喋った。 「その、騎士には、この足では難しいから、でも、本当に、死ぬつもりなんかじゃなくて、私はただ、私を傷つけた者に、自分の手で復讐を───っ」  そこまで言ってから、ようやくイネスは、喋りすぎたことに気付いた。 「あ、と、その、今のは……」  人殺しをするつもりです。とわざわざ言ったようなものだ。状況を悪くしてどうする。誤魔化さないと、と思いはしても、余計に焦るばかりでなにも言葉は出てこない。 「分かりました」 「え……?」 「とにかく自殺をしようという訳ではないんですね?」 「は、はい。それは、本当に、違います」 「ならいいです……。それ以上、無理に君のことを聞きだそうというつもりはありません。ただ、その体で剣をあつかうのは危険だ。一人で鍛錬するのはやめなさい。望むなら指南できる人間を雇うことも出来ます」 「そ、それは、あの、両親に知られると、困るんです! あの人たちは、絶対に許してくれない……。私は剣を諦めたくないんです。お願いだから、あの人たちには、言わないで……!」 「大丈夫だから、そんなに怯えないでください。君の両親にも、誰にも、言わないと約束します」 「……ありがとう」  偶然にもルイもアダルフォも不在にしていたために起きたこの一件により、二人の関係は大きく変わり始める───。

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