アコニの花束 13話

13話 後悔と懺悔

※小児加害など一部残酷な描写があります

あらすじ
近代ヨーロッパを舞台にした復讐劇。
ある事件により、車椅子での生活をおくることになった少女イネスは、その事件に関わった人間を探し出して自らの手で復讐することを願っている。唯一の味方である元奴隷のルイに協力してもらうが、なかなか犯人は見つからないまま、親の勧める実業家イーザック・フォーゲルの元へ嫁ぐことを決める
最初は互いに利害関係のみで成り立つ冷え切った夫婦関係だったが、ある出来事をきっかけに仲が深まり、やがて復讐へ協力してくれることになるが……。

【後悔と懺悔】  いつものように、剣の稽古を始める時間の少し前になると、ルイは広間に来て、剣の手入れを念入りにして、綺麗な床をさらに磨く。万一にもイネスが転倒して怪我をしないように。 「ルイ、いつもありがとう」 「いいえ、今日も頑張りましょう。旦那様はお仕事ですか?」  イーザックはイネスとほとんど同じくらいの時間にやってくることが多かった。イーザックは仕事があるからいつもいるわけでは無いし、途中でぬけることもよくあるが、出来るだけイネスの稽古に付きあうようにしていたのだ。 「ううん、今日はね、大事な話があるの」  イネスのその声と表情で、彼は全てを悟った。 「……知っていたのね」  その一言を受けると、ルイは黙って微笑んで、彼女の前に膝をつく。それをみて、イネスはもはや疑いようもないのだと、確かに真実なのだと、理解するしかなかった。  彼は知っていながら、黙っていた。ずっと、両親の前で人形のように微笑む私をみて、いったい何を思っていたのか。私の夢を決して認めてはくれないあの人たちに失望はしていたけれど、それでも憎しみまでは持たないでいられた。なにも知らなかったから。  だからこそ、その時間が、呪わしい。  知っていれば憎んだ。僅かも微笑まなかった。全てを否定した。なのに……。今の私にあるのは、少なからずあの人たちを愛していたことへの後悔だけ。 「どうして……?」  すがるように、尋ねても、ルイはなにも答えてくれなかった。 「わけを言ってよ。ルイ、そうじゃないと、私はあなたまで憎まなきゃいけないじゃない」 「……憎んで下さい」  どうしてそんなに優しい声で。どうしてそんなに優しい目をして……どうして、どうして、一言の許しも乞うてはくれないの? 「ずっと、あなたは、待っていたのね。私が全てを知って、あなたを憎むことを! 憎まれて、そうしてあなたは、断罪を望んでいるのでしょう。共に処されることが、あの人たちへの恩返しとでも、思っているのかしら」  ルイを助けてと望んだのはイネスだが、それを叶えたのは他ならぬ両親であり、そして彼に衣食住を与え、仕事と金を与え、全て整えてやったのは、あの人たちである。多大な恩を感じるのは当然のことだろう。 「でも、あの人たちは、私に嫌われるのが怖いだけなのよ。あなたのことなんて、これっぽっちも思ってはいないのに。それでも、お前は、彼らに報いようというの?」 「……申し訳ありません」 「私を、私だけを、愛してくれれば良かったのに」 「……申し訳ありません。イネス様」  なんて、ひどい、裏切者。 「許せない」 「どうぞ、イネス様の御手で、復讐を───この命を、今度こそすべてイネス様に捧げます」 「……お前は最後よ、ルイ。あの二人への復讐を果たしてから、私を裏切ったことへの罰を、与えてやる」 「かしこまりました。では、最期までお手伝い致します」  イネスはイーザックに、近いうちに家に一度行ってくると伝えた。イーザックはそれを快く了承し、両親へのお土産も用意してくれるそうだ。 「きっと色々聞かれるでしょうけど、私からのお土産を見れば決して夫婦仲が険悪で帰ってきたわけでないことは、想像してくれるでしょう」 「なに? 良いお酒とか? まさか毒とかいれてないわよね」 「まさか! 本当にただのワインですよ。値はそれなりに張りますが」 「そう。お父さまはお酒が好きだから、喜ぶと思うわ」 「イネスも、なにかご両親へお土産は持って行かないのですか」  イーザックは、薄く笑って尋ねた。それは、まさかなんの彩りもなくあっさりと復讐を終えてしまうほど、あなたの怒りは静かなものではないでしょう? そう言われているような気がした。 「……アコニを、贈ろうと思って。ルイに花屋で買ってくるように頼んだわ」 「鉢植えで買うんですか?」 「それこそ、まさか、よ。花だけ。ほんのささやかな意趣返し。あの人たちは、きっと私が無知なのだと思うだけでしょうけど」 「良いと思いますよ。アコニは、外つ国とつくにでは騎士道をあらわす花だと聞きます。間違いなく、貴女に似合っている」 「ありがとう」  アコニ、それは別名トリカブトとも呼ばれており、根に猛毒を含むことで知られている。そして、この国では『復讐』を意味する花───。 「三日後に、出かけるわ。その日の夜には帰るつもりよ。……待っていてね」 「えぇ。どうか、無事に」  貴女の悲願が果たされますように。

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