アコニの花束 12話

12話 真実

※小児加害など一部残酷な描写があります

あらすじ
近代ヨーロッパを舞台にした復讐劇。
ある事件により、車椅子での生活をおくることになった少女イネスは、その事件に関わった人間を探し出して自らの手で復讐することを願っている。唯一の味方である元奴隷のルイに協力してもらうが、なかなか犯人は見つからないまま、親の勧める実業家イーザック・フォーゲルの元へ嫁ぐことを決める
最初は互いに利害関係のみで成り立つ冷え切った夫婦関係だったが、ある出来事をきっかけに仲が深まり、やがて復讐へ協力してくれることになるが……。

【真実】 「アダルフォ! 新しい車いすありがとう! とっても動きやすくなったのよ!」  興奮して、イネスはアダルフォの前で車いすを操って見せる。新しい車いすはタイヤが斜めについているため、動きが以前より俊敏になり、激しく動いても転倒しにくいよう、タイヤの数も増やしてある。 「制御するのは大変だけど、これなら立ってる人とも戦えるはずよ」  そう言ったイネスの瞳は剣士としての喜びに満ちていた。 「……お役にたてたようで何よりでございます。間もなく剣の方も新しいものをご用意できるかと。今使っているものより軽くなるので、腕の負担は減るはずです」 「うん、ほんとにありがとう」  イネスの成長はめざましいものだった。車いすという大きなハンデがありながら、それを巧みに操り、剣を振るう。熟練の剣士には敵わなくとも、腕力だけで剣を振るっているような人間を相手にすれば難なく勝てるだろう。  着実に実力を身につけ、新しい剣が出来上がる頃には、イーザックやルイと熱戦を繰り広げるほどになっていた。イネスは当然、喜んだが、相反するようにイーザックの憂いは濃くなっていった。そうして、すぐに『その時』は来てしまったのだ。もはや彼女は復讐を果たすに十分な力を持っている。真実を伝えなければならない。 「旦那様」  アダルフォは、執務室で空ばかり眺めているイーザックに詰め寄った。 「分かっている。分かっては、いるんだ……」 「やはり、踏み切れませんか」 「……先延ばしにすることが、何の意味もないと分かっている。だが、俺は……恐ろしい。彼女が真実を知って、変わってしまうことが。俺が彼女の立場だったら、きっと耐えられない」 「なんの話かしら?」  その声に、イーザックは息をのんで、ドアの方を見た。 「なぜ、ここに……! アダルフォ! お前、まさか!」 「はい。私が奥様に、お一人で執務室までおいで下さるように言いました。これでもう、逃げることは出来ません。どうぞ、後はお二人で。お叱りはその後で存分に受けましょう」  丁寧に、深々とお辞儀をすると、アダルフォはそのまま部屋を出て行った。 「……イネス、アダルフォからは、なにか聞いたのか?」  おそるおそる、彼女の方を見ながら尋ねると。 「いいえ、ただ大事な話がある、とだけ」 「そうか……。その、っ……」  目の前にいる彼女に、ただ知っていることを伝えればいい。それだけなのに、上手く声が出てこない。頭の中で沢山の言葉が浮かんでは消えていく。こんなに息苦しいと思うのは初めてだった。何も言えないまま、しばらくの沈黙が続き、ついにしびれを切らしたイネスが口を開いた。 「何かを隠しているのは、気づいていたわ」  彼女の目には、強い怒りと僅かな寂しさが映っていた。 「新しい車いすが出来る少し前あたりから、あなたは私の視線を避けるようになった。かと思えば、ここ数日はいつも私を見ていたわね。気づかないと思ったの? いつ、その理由を教えてくれるのかと、きっと話してくれるだろうと信じて、私は……ずっと、待っているのに」  自分の迷いが、他ならない彼女を傷つけていた。なぜそのことに気づけなかったのか。 「すまない。本当に、……すまない。全て、話すから。落ち着いて、聞いてください」 「四年前、あなたを傷つけるよう命令した人物について……。私は最初、貴族同士の怨恨によるものではないかと思って調査を進めていました。リシャール家はこの地域では有数の貴族ですから、他の貴族から恨み、妬みを買う事もあるでしょう。しかし、それなら貴女を傷つけたのは一種の脅迫であり、次に要求がこなければいけません。雇った男たちが全て死んでしまったのは誤算だったでしょうが、それでも十分な脅しにはなったはずです。けれど、リシャール家やそれに関わりのある貴族の間でも、何かが変化した記録は見つかりませんでした」 「……雇ったのは、貴族ではなかったということ?」 「そう思って、私は犯罪組織の調査に切り替えました。目的はあくまで身代金などであり、それ以上の行為は雇われた者たちが勝手に行った場合です」 「確かに私もあの時の記憶が正確かと言われると自信がないから……その可能性も考えられるわね」 「……調べましたが、その当時は既に大きな犯罪組織はなりをひそめていました。ただ、その調査の際に、ある依頼を受けたという人物に行き当たりました。『少女を誘拐して、歩けない体にして欲しい』という依頼だったそうです。彼はその依頼を断ったそうですが、依頼してきた人物は他にも何人かの人間にその話を持ち掛けていたということが分かりました」 「随分、杜撰ずさんな依頼人ね……」 「私もそう思いました。依頼した人物は、こういった犯罪行為に不慣れであるのは、明らかでしたから。そこから痕跡を辿るのは、簡単でした」 「じゃあ、分かったということね?」 「……はい」 「そして、それがそんなに言いにくい相手だということね。私の知ってる人なのは間違いないでしょうけど。そんなに心配しなくても、私、今更裏切られて傷つく人間なんて、ルイくらいしか……」  そこまで言って、イネスは違和感を覚えた。イーザックの情報網が優秀なのは事実だが、誘拐や殺しを請け負う者たちに会ったり話をしたりというのはそれほど難しいことでは無い。彼らにはいくつか溜まり場があり、そこに行ってある程度の金をわたせば情報をくれるのだ。  ルイが、そのことを知らないわけが無い。彼はイネスよりも余程この街に精通しており、それは表の話に限らない。事実、彼は知り合いの武器屋に頼んで私の剣を見繕ったり、色々動き回っているようだった。 「なるほどね。どうりで、手掛かりの一つも無かったのは、そういうことだったのね」 「……思えば、貴女が道で、一人だけ待っているという状況が、不自然極まりないのです。誕生日にお気に入りの服を着ていたと、言っていましたね。ならば、お金持ちの家の娘だということはすぐに分かるはずです。それだけで十分に危ない。治安の良い街とは言え、わずか十三歳の娘を放置するのはあり得ません。リシャール家は家柄や所有している土地の大きさと比較すればかなり質素な生活をしていることは知っていましたが、街を歩くときに護衛もほとんど付けないそうですね。これも充分違例なことであり、だから、あまり気にならなくなっていたのかもしれませんが、やはり、おかしかったのです」 「わざわざ娘を置き去りにするなんて、お粗末な話よね。どうして、どうして今まで疑いもしなかったのかしら……?」  イネスは、自分が悲しいのか、嬉しいのか、笑っているのか……泣いているのか、分からなかった。 「疑えと言う方が、無理な話です」 「そうよね。誰も思わないわよね。まさか、私を傷つけて、夢を奪って、心を殺した相手が……ずっと傍にいた、両親だったなんて、ね」  イネスは人形のような顔で、それ以上なにも言わず、ただ涙を流した。

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