07話 4月1日
※残酷な描写、性的な描写があります
あらすじ
荒廃した世界でいくつか残っている人の密集した都市、そこで行われる内紛、歪んだ秩序の下にある治安維持。
堤《つつみ》は、現在の上司である男に強引に連れられて高級娼館を訪れるが、男娼のランファを見た途端どうしていいか分からなくなり店から逃げ出してしまう。しかし、しばらくしてもランファのことが忘れられず今度は自分で娼館へ向かう。
性的な関係を持たずに繋がれていく二人の関係。謎めいた男娼ランファの正体とは、そして二人の関係の行方は如何。
【4月1日】〈エイプリルフール〉
早朝から堤は着替えをしていた。急いで仕事に行かねばならなかったからだ。
先月末に組織の長と会合に行き、気に入られたことで彼は大きな仕事も任されていた。もちろんそれまでの実績と信頼があってこその役目だが、幸いそのおかげで死ぬ危険の少ない仕事だった。変わりに、部下に死ねと命じることもあるだろう。
いっそ自分が先頭に立てたならと思うこともあるが、同時にそうなれば二度とランファにも会えないと思うと、自分の立場をありがたく思っている事実が何よりも浅ましく感じられた。
「おはよう、堤」
それは突然、後ろから聞こえて。ズボンを履きかけていた堤は驚いて尻もちをつきそうになった。ぎりぎりのところでとどまり慌ててズボンを上げてから混乱する頭で挨拶を返した。
「お、おはよう?? いつのまに入ってきたんだ? 全然気づかなかったぞ……」
「うん、だってぼーっと考え事してたでしょう?」
「あぁ……ちょっと仕事のほうがな……。ランファはこの間、用事があるって言ってたけどもう終わったのか?」
「もうすぐ片付くよ。それより堤は、こんな朝早くから出かけるの?」
「そうなんだ。すぐに仕事に行かないといけなくてな。悪い。あんまり時間がないんだ」
「危ない仕事?」
「いや、おそらく、俺はそれほど危なくない、だろう」
「そう」
「だからまた時間が出来たらゆっくり会おう」
「ねぇ堤」
「ん?」
腕時計をつけながら時間を確認する彼に、ランファは告げた。
「仕事、辞めてって言ったら、怒る?」
堤は時計から目を離し、ランファを見た。信じられないという顔で。
「……なんでだ?」
「危ない仕事でしょう。好きな人が、死ぬかも知れないと心配するのは嫌だから。それじゃ理由にならない?」
「そんなに心配することはない。幸い、と言って良いのか分からんが一応それなりに地位も上がってきたからな。指揮する立場にいるんだ。あんまり詳しくは言えないが、俺自身がドンパチに巻き込まれるわけじゃないよ」
「でも、別に今の仕事が好きなわけじゃないでしょう?」
「どうしたんだ今日は……。気に入ってるわけじゃないが、何だかんだやり甲斐は感じてるよ。とにかく仕事を辞める気はないし、もう行かなくちゃいけないんだ。帰ってきたらすぐお前のとこに行くよ。それでちゃんと落ち着いて話し合おう」
言って、堤は玄関へと向かう。
そしてふとした違和感。靴がない。見慣れた自分の靴は出しっぱなしで並んでいるが、ランファの小さな靴が……以前、自分の家にランファが泊まった日、一足だけ妙に小さい靴が置いてあるのになんとも言えない幸福感を覚えたものだが──。
「おい、ランファ、お前靴はどこに──」
音もなく、すぐとなりに立っていた彼をやっとまっすぐ見て。随分と薄着なことに気づく。
「それいつも娼館で着てる夜着じゃないか。そんな格好で出歩いてると風邪引くぞ。本当にどうしたんだ?」
「堤、お願い、仕事を辞めてよ」
「ランファ!?」
その目は、何も映していないかのように、虚ろに、けれども、ひどく悲しげに。
「今すぐ、辞めてよ。そうじゃないと、私はあなたを殺してしまうよ」
「おい! しっかりしろ!」
肩をつかんで、あまりにも焦点の合わない目をなんとか見ようとするが、それすら叶わない。
「何があったんだ!? あぁ時間が……! いいか、急いで片付けて帰ってくるから! ここで待ってろ! 絶対どこにも行くなよ!?」
「……待てない。待たない」
「何を──!?」
ランファは、優しく微笑んで、堤から一歩離れると。
「ごめんね。嘘だよ。全部ウソ。だってほら、今日は──」
「嘘を付くな! そんなに泣きそうな顔で笑って、ただ事じゃないのは分かってる! いいからここで待ってろ! 一人で出歩くなよ!」
「……うん。……ごめんね。いってらっしゃい」
パタン、と閉まった重いドアを見つめて。
「結局、一回しか使わなかったなぁ、この鍵……」
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