01話 はじめに
あらすじ
高校生になり、友達と部活動見学に向かった一信《かずのぶ》。弓道部に入ろうかと考えて、人だかりが無くなっても見学を続けていると優しげな部長から声をかけられ道具を見せてもらえることに。そこで遅れてやってきた三年生の先輩 高木(たかぎ)と出会う。
物憂げな表情で無口な高木は、冷たい印象を受けるが一信は次第に彼の優しさに気づいていく。弓を引く姿の美しさに惹かれ、高木自身へも惹かれていく一信。最初は困ったようにしていた高木も少しずつ心を開くようになり、明かされていく高木の危うさ。人間の醜さ、鬱屈を想いながらも、少年たちが愛とは何なのか考えていく物語。
『二章』
【はじめに】
二人は晴れて密やかに、新たな関係を紡ぎ出した。とはいえ、禁欲的である必要性を失ったことが返って冷静さを取り戻し、一信は性的な話を持ち出すことすらせず、高木もそれに準じた。
従って、二人ですることと言えば以前と変わりなく、しかし以前より頻繁にほんの少し距離を近く映画を見たり博物館に行ったり、また美術館を巡ったり。
時にカフェで勉強会などを催したりした。
「それで、僕まで呼ばれてしまって良かったのかい?」
うっとおしい前髪を揺らしながら言うのは高木の友人である勝。
「ま、勉強なら多少は自信があるけれどね。二人の間を邪魔するのは気が引けるなぁ」
そう思うなら帰ってしまえと一信は思ったが、しかし高木がわざわざ呼んだのだから意味があるのだろうと口をつぐんだ。
「……勉強出来るやつがいないと、勉強会の意味ないだろ」
心なしか弱々しい声で。その理由は続きの言葉ですぐに分かる。
「一年の範囲とか……覚えてないし……俺いつも、赤点ギリだから……」
勉強会をしましょうと提案されて、了承したは良いものの何一つ教えられることが無いことに気づいたのである。拗ねた調子でいつもより深く椅子に持たれながら所在無さげに言うのを見て、やっと高木の成績を思い出した勝は上機嫌で任せ給えと言った。
断っておくが、これは決して高木を馬鹿にしているわけではない。頼られたことが嬉しかったので張り切っての発言である。
このあたりの互換性の悪さが勝に友達が出来ない原因のような気もする。
そも、心の機微に敏い高木が、友達として学校外での時間を持つということが、その人間の善良さを担保している。
高木と友人関係を持とうと思ったならば、一定の人間的な馬鹿さを持つか、もしくはあらゆる恥を失った狂人であるか。勝は前者で、一信は後者だった。
馬鹿であるということは素直さに通じ、そして疑うことをしなかった。故に、高木は間違って勝の音になっていない言葉に答えてしまった時、決まってこう言った。
「お前はすぐ顔に出るから」
彼はこれを疑わなかった。思ったことが顔に出やすいタチであるのは事実で、家の者にも同じことを言われたこともあった。
こうして、二人の友人関係は今もなお良好であり、同時に勝は何も知らないという事実がそこにあった。
一信がこれを知った時、一種の愉悦を覚えたことは、明確な思考まで昇らなかったために高木に知られずに済んだ。
きつい日差しの中で それでもどこか幸福な兆しを運んできた夏が 終わってゆく
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