テレパシー 3章05話

05話 1月

あらすじ
高校生になり、友達と部活動見学に向かった一信《かずのぶ》。弓道部に入ろうかと考えて、人だかりが無くなっても見学を続けていると優しげな部長から声をかけられ道具を見せてもらえることに。そこで遅れてやってきた三年生の先輩 高木(たかぎ)と出会う。
物憂げな表情で無口な高木は、冷たい印象を受けるが一信は次第に彼の優しさに気づいていく。弓を引く姿の美しさに惹かれ、高木自身へも惹かれていく一信。最初は困ったようにしていた高木も少しずつ心を開くようになり、明かされていく高木の危うさ。人間の醜さ、鬱屈を想いながらも、少年たちが愛とは何なのか考えていく物語。

【1月】  数週間後に受験を控えた高木はこれといって緊張していなかったが、気を抜くわけでもなく、家で真面目に小論文や面接の練習をしていた。一信や政に面接官の役をしてもらい、様々な質問に対応できるようになっていたので準備は万端である。そもそも過去の面接資料を見る限りそれほど変わった質問項目はないので心配もないだろう。年明けに一信から貰った御守を鞄につけながらあと何日で試験日か数える。自分の試験日と、そして勝のセンター試験までの日数を見て。 「……はぁ」  高木は自分の試験より勝の試験の方がよほど心配だった。頭は良いやつだが緊張しやすいタイプだし、本番に実力を発揮できるだろうか。こればかりは他人にはどうこうできない。それこそ神に祈るくらいしか。自分も御守でも買って渡してやれば良かっただろうか、なんて今更思った。初詣の類なんて寒いし煩いからろくに行ったこともないくせに。  ちなみに、一信がくれた御守に関して明らかに神社で買ったものを渡してきたのでキリストに怒られないのかと聞いたところ、聖書の教えは好きだし教会もよく行くがクリスチャンではないので良いとのことだった。節操のないことだと思ったが、そのくらい柔軟な方が生きやすいのかもしれない。  さて、試験日まで特別することのない俺にとってはほとんど意味のない学校と家との往復を重ねていくうちに、クラスの雰囲気はますますピリピリと嫌な緊張が広がっていく。推薦で既に合格が決まっているものは気が緩み、けれどもそれがこれから試験を控えている人間の神経にさわる。むろん、受かった奴らもあからさまに浮かれるようなことはしなかったがそれでも空気は伝わるものだ。  二分された思考たちは相容れない渦潮のようであまり気分の良いものではなかった。なにより、国立をめざしている人間が気楽な連中を見る時の感情は、羨望とも侮蔑ともつかない奇妙なものだった。  大学受験という嫌でも他人と自分を比べ、競わなければならない時、人間関係も変化していく。今までのグループが分断され、新しく同じ高さを目指す人間同士がつるむようになる。それは自然なことだが、やはり隠しようのない歪さも帯びていた。  人の繋がりとは、何なのか。脆く無意味なもののようにしか思えない。だというのに、どうしてそれを必死に作ろうとするのか。  そういえば、前に勝に同じことを聞いた。「なぜ無理に友人を作ろうとするのか」と。そうしたらあいつは「寂しいからだよ! 不安だし! 皆が皆、君みたいに強いわけではないんだよぉ!」と喚かれた。  違う。俺は強いんじゃない。弱いから人といるのが嫌なんだ。一緒にいれば傷つける、傷つけられる。その痛みに耐えてでも一緒にいたいと思える相手はそうそういない。そんな怖い思いをするくらいなら、最初から誰とも関わらなければいい。 「どうして皆、そんな恐ろしいことが平気で出来るんだろう。そりゃ、俺と違って必要以上に知って勝手に傷つくなんてことはないかもしれないが、それにしたって簡単なことじゃないと思わないか?」  学校帰り、近くのファストフード店でポテトを食べながら尋ねると、一信は真顔で答えた。 「緩慢だからですよ」  その言い方があまりにも冷たく聞こえて、俺は一瞬身を縮めた。 「どういう意味だ?」 「弱い動物は群れなければ生きていけない。そのために緩慢になるんです。魚や鳥でも弱い動物ほど大きい群れを作るでしょう。そうすることで強くなるんです。高木先輩は、強くて優しい……狼のような人ですからね、そういう人は警戒心が強くて、かえって臆病にはなるけれど、やっぱり強いんです。だから弱い動物からすれば憧れで、同時に怖くもある。でも僕は、そういう高木先輩が好きですよ!」  今度はニパッと笑って言う。 「それより、クラスの雰囲気が嫌ならサボっちゃっても良いんじゃないですか? もう授業はほとんどやってないんですよね?」 「あぁ、ほぼ自習だな。でも出席は一応取ってるし。それに具合が悪くなるほどじゃないから」 「先輩、具合が悪くなるまで我慢する必要ないんですよ? しんどいなー嫌だなーで休んだって、何も悪くないと思いますよ」 「……そうかもしれない。だがそうすると際限がなくなりそうで嫌なんだ。そのままズルズルと甘えてしまいそうで。ただでさえ大学は楽するんだから、もう少しくらいはちゃんと行く」  それを聞きながら、一信は不満げにバニラシェイクを啜った。  一月は今日のように学校帰り少し店によって話すという短い逢瀬を幾度か。いくら試験に不安が無いとは言え、ふらふらと街を遊び歩いているところを塾帰りのクラスメイトに見られたら居た堪れないという理由が実はあったがそれは口に出さず、念のため試験勉強をするからと一信には伝えていた。一信も当然のことだと了承し、勉強で疲れている時は遠慮なく言って欲しいと付け加えた。勉強で疲れるということは無かったが、先述の通りクラスの雰囲気が疲れる原因になっていたので、その言葉は高木にとってありがたいものだった。  そうこうするうちにセンター試験が近づいてくる。勝からは試験会場の近くで待ち合わせて一緒に行こうと提案されていて、高木は何度も待ち合わせ場所と試験会場の案内を確認していた。ちょうどその時、電話がかかってくる。珍しいなと思いながら一信か政か、それとも情緒不安定になった勝だろうかと思って画面をみると、そこには『父』と表示されていた。頭の上にビックリとハテナの両方が浮かびながら焦り気味に応答マークを押す。 「もしもし、父さん?」 [蘭丸か。突然すまない。同僚に明日がセンター試験の日だと聞いて……。その、大丈夫か] 「あぁ、実は俺の志望している所はセンター試験の結果が必要がないんです。だから明日のテストは──受けません」 [そうだったのか。そうか、ならいいんだ。本番の試験はいつだ?] 「2月の始めです」 [そうか。もし、天気が悪かったり、交通面に不安があるようなら言いなさい。今更と思うかもしれないが、それくらいのことはしよう] 「ありがとうございます。何かあったら、連絡します」 [あぁ。……それから、元からそのつもりかもしれないが、結果は言わなくて良い。受験勉強も何も助けてない私にそれをどうこう言う権利は無いと思っている。ただ、浪人なり何なりして予備校に行ったりする費用がかかるなら必要な分だけ言いなさい] 「はい。ありがとうございます。……結果が分かったら、連絡します。気にかけてくれてありがとう、父さん」 [……あぁ。とにかく、体に気をつけて。……じゃあ、また] 「はい」  ぷつりと切れて。携帯を置く。  あの人は、父親としては確かにその責任を果たしているとは言い難い部分もあるだろう。けれども大人だ。自分が思っているよりずっと大人で、そして人間だ。  だから簡単に揺らいだ。  俺は嬉しいのか、苛立っているのか分からなかった。どちらかと言えば前者だろう。けれども、あれほど頑なに連絡もせず、会うことすら恐れていた時間はなんだったのか。その時間も必要なものだったかもしれない。分かっている。  けれども。  父親の方から連絡をしてくれて嬉しいという気持ちのすぐあとに、ほのかな喪失感すら感じてしまう俺は、欲深いのだろうか──。

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