テレパシー 3章04話

04話 クリスマス

あらすじ
高校生になり、友達と部活動見学に向かった一信《かずのぶ》。弓道部に入ろうかと考えて、人だかりが無くなっても見学を続けていると優しげな部長から声をかけられ道具を見せてもらえることに。そこで遅れてやってきた三年生の先輩 高木(たかぎ)と出会う。
物憂げな表情で無口な高木は、冷たい印象を受けるが一信は次第に彼の優しさに気づいていく。弓を引く姿の美しさに惹かれ、高木自身へも惹かれていく一信。最初は困ったようにしていた高木も少しずつ心を開くようになり、明かされていく高木の危うさ。人間の醜さ、鬱屈を想いながらも、少年たちが愛とは何なのか考えていく物語。

【クリスマス】  朝から待ち合わせをして、二人で教会へ行く。こんな正しいクリスマスイブを過ごすのはもちろん初めてだし、世の中にこれほどまともにクリスマスを楽しみにする人間がどれだけいるのかと思うと面白かった(この場合の世の中というのはあくまで日本という狭い範囲の話ではあるが)。 「一信、服装はいつもどおりで良いと言ってたが、本当にこれで大丈夫なのか?」 「平気ですよ。教会ってそんなに堅苦しいとこじゃないんです。人として普通のマナーを守ればなにも問題ないですよ」 「マナーと言っても国や宗教で意外と違うもんだろう。知らないと不安なんだよ」 「それはそうですね。でも牧師様も寛容な方ですし、突然横の人を殴るとかしなかったら大丈夫だと思いますよ。僕がお葬式の時に突然歌い出した話をしても、キリスト教だと歌うのは普通だよって笑顔で言われましたし……。あんまり物事に動じない方というか。まぁでも心配なことがあったらずっと僕が隣にいるんですから、いつでも聞いてください」  葬式の時に歌い出した話が気になるが、それはさておき教会に着いた。 「……意外と落ち着いた内装なんだな」  入ってみると、蛍光灯のような強い明るさは感じず、ほとんど外から差し込む光だけのようだった。 「入り口の近くに座りましょうか」 「あ、あぁ」  ステンドグラスに見入っていた高木は少し慌てて一信について歩く。  落ち着いた様子で教会に馴染んでいる一信を見ると、なんだかいつもとは違う一面をみたようで不思議な心地がする。 「……教会って、ちょっといいな」  まだ始まってもいないのに、俺はそわついてそんなことを言った。するとあいつは嬉しそうに笑って、静かな声で答える。 「ありがとうございます。僕も教会は落ち着くのでそういうふうに思ってくれると嬉しいです。でも、悩みのある人が来ることも多い場所ですから、もし具合が悪くなったりしたら無理しないで言ってくださいね」  なぜ入り口の近くにしようと言ったのか、あまりにも自然すぎて気づかなった。俺のためか。 「あぁ、無理はしない。でも、賛美歌は聞きたいな。あまり酔わないと良いんだが」  多少の不安はありつつ始まったクリスマス礼拝だったが、人の念のようなものに目眩がすることはあっても、座っていればなんとかなる程度だったので順当に進んでいくのを見ることが出来た。なにより、隣にいる恋人があまりにも静かに、けれども強く祈るものだから、思考はそちらに寄せられていき、自然、酔いが覚める。  それに、賛美歌はやはり美しく、教会を満たすように響き渡り人々の思考を奪い去っていく。耳に、純粋な音だけが充満していく感覚はどこか懐かしさすら覚えた。 「──先輩、大丈夫ですか?」  最後の説教が終わり、献金の袋が前の方から回されていく中、一信が心配そうに声をかける。 「あぁ……少し、眠い……」  そう答えた高木に、ほっとして思わず笑ってしまう。 「少し寝てても良いですよ。僕はこのあとちょっとだけ挨拶してきますから」 「うん……」  段々と人々のざわめきが減衰していく教会の響きを背景に、一信の声が一層よく響いている気がした。  荷物を抱えて椅子の上で数分、眠っていたと思う。けれども近くの扉が開いて少しずつ教会に風が入り涼やかになったので俺は自然と目を覚まして、ほとんど人のいなくなった教会の中で牧師と一信が話しているのを認識し、ゆっくりと立ち上がった。  挨拶をするべきだろうと思ったのだ。けれどその瞬間、牧師はこちらを見た。少し距離があり、なおかつ逆光だったので顔は見えなかったが確かにこちらを向いて、それは思考した。驚嘆をもって。  『受難の子──‼』  なぜかは分からない。けれどもその歳を重ねた牧師は俺の背負うものを知っているようだった。思わず立ちすくんでいると、牧師と一信はこちらに歩いてくる。  そうして、心配そうにこちらを見ている一信を傍らに、牧師はアッシュグレーの両眼を見開いて強く静かな声で告げるのだ。曲がった腰で俺を見上げながら。心も言葉もあまりにも力強く。 「受難の子よ……あなたが背負うておるのは、主の愛にほかならない。どれほど重くとも、それを、下ろしてはならない……!」  俺は全身の毛が逆立つような、指先まで神経が痺れるような感覚に陥って、反射的に言い返していた。 「誰が下ろしてくれと言った! まだ願ってすらないものを勝手に止めるな!」  礼儀も何もあったものでは無い。はちきれそうな警戒心だけを持った声に、牧師はハッとして、すぐに力を抜いて微笑んだ。 「そうか……そうか……。主は、その者に耐えられる試練のみを課されるのだ。すまない。差し出がましいことを言ったね」  その言葉を聞いて、俺は気づいた。牧師が必死に止めたのは、『下ろす』というのは、それはつまり──死ぬことではないか?  なるほど、死ねばこの苦しみも終わるだろう。俺が背負っているものに耐えきれずそれを選ぶのを恐れ、この老人はああまで力強く止めたのだ。  腑に落ちると、今度は自分が思わず大きな声を出したことが恥ずかしくなってきた。なんだって……あんな必死に言い返さなくたってよかったのに。俺が居心地悪そうに肩をすぼめたのを見て牧師は先程の力強さはどこへいったのか、穏やかな声で尋ねてくる。 「高木君と言うんだね? 礼拝に来るのは初めてかい?」 「はい……」 「そうかそうか。すまないね。いきなり変なことを言ってしまって、せっかくの礼拝に嫌な思い出を残してしまったら申し訳ない」 「いえ……別に。あの、俺もごめんなさい。怒鳴ったりなんかして……。心配、してくれたんですよね」  謝ると、俺を見上げる目はまんまるになるほど驚いていた。驚かれたことに驚いて俺は焦って言葉をつけ足す。 「あ、いや、一信からあなたは寛容で良い人だと聞いていたから、なのに俺、よく考えもせずに言い返してしまって……」  墓穴を掘っているような気がするのに口は止まってくれない。 「あの、その、ムキになってしまったのは、勘違いしたんです。でも、勘違いしていなくても……ごめんなさい。願ってないと言ったのは、嘘です」  神に、仏に、それ以外のあらゆる何かに、この疎ましい能力を消してくれないかと願ったことはある。けれどもそれを認めてしまえば今の自分を否定するような気がして、願いを叶えてもらえない自分が哀れに思えて、反射的に言い返してしまったことを白状する。なんだって聞かれてもいないのにこんなことを話しているのか。隣で一信が目を白黒させているじゃないか。対して牧師は再び微笑んで話す。 「教えてくれてありがとう、高木君。私にはね、あなたが何かを背負っていることは分かるけれど、それが何かまで分かるわけではないんだ。だからあなたが思わず答えてしまったことより、冷静にその物事を理解していることに驚いたんだよ。あなたは自分が背負っているものをちゃんと知っているんだね。そして、それを失う方法も。あなたはとても聡明な子だ」  そこまで話した時に、一信はようやく様々な暗喩の表しているものが分かった。そして引っかかる、『失う方法』──? 「先輩、どういう……?」  不審そうに尋ねる後輩に、俺は牧師と意思の疎通が正しく取れたことに安心していたので至って落ち着いた調子で返事をした。 「死ねば全て失える」  その時、ごく普通の世間話と同じ調子で俺は死を願ったことを肯定した、ということに、一信の血の気が引いたので気がついた。もう少し深刻そうに当たり前のことでは無いように言うべきだったかもしれないと思ったがもう遅い。  俺にとって死を願うことはテレパシーがなくなった自分を想像するよりも軽いことだった。なぜなら死ぬことは確実に可能で、テレパシーを無くしてくださいと祈ることはあまりにも不確実だったから。  そして、俺の死に対する気軽さを一信はすぐに察した。そして、そこに至るまでの他人には決して分からない苦しみがあることも。すさまじい勢いで様々な思考が跋扈する。死なないで欲しいとか相談して欲しいとかそういう自然な感情もあれば、後を追ってやろうかという一信らしい執着をにじませる思考が行き交った後、最終的な結果が声に出される。それは蒼白な顔で葛藤しながら。 「……、……骨が、あの……もしそういうことになったら、そしたら先輩の骨をもらってもいいですか」  俺は何を言ってるのか一瞬分からなかった。 「あの、骨、を石に変えて、指輪にするので。骨をください」  一信は俺の心に寄り添うあまり死ぬのを止めることが出来ず、また自分が後を追うことも躊躇われた。それは自分の家族のことも考えたし、後を追うつもりだと口にするのは俺を脅しているようだとも思ったから。けれどもその帰結として遺骨を欲しがるとは思わなかった。想像をこえすぎて、けれども欠片も冗談ではなく必死に、真剣な顔で言うものだから、俺は思わず声を出して笑ってしまった。 「あっはははっ! 分かった、今から遺書には俺の骨はお前にやってくれと書いておく。指輪にでもなんでもするといい」  一信は安心したように、泣きそうな顔で自分の左手を握りしめた。 「……大丈夫、約束は出来ないが今はそんなに、死にたくない」  胡桃色の瞳は 不安げに俺を見つめる  それは縋るような目だった  約束して欲しいと訴えていた  それがどれほど無意味であるかを知りながら──。  一信の家で開かれたクリスマスパーティーは食事以外は実に簡素なものだった。俺はもっと華やかにやるものかと思っていたから少しほっとした。賑やかなのは嫌いじゃないが自分が場違いな気がして落ち着かない。  チキンがとても美味しかった。  食事の後に一信の母から手編みの手袋をいただいて、戸惑いながらお礼を言った。  一信はマフラーを貰っていた。  あまりにも懐かしい 温かいクリスマス  俺は帰りながら一人で泣いた  惨めだったのでない  自分が寒かったことに気づいたから  あいつといると 俺は認めたくないものを次々と見せつけられる  これは祝福だろうか     試練だろうか

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