テレパシー 3章06話

06話 センター試験当日

あらすじ
高校生になり、友達と部活動見学に向かった一信《かずのぶ》。弓道部に入ろうかと考えて、人だかりが無くなっても見学を続けていると優しげな部長から声をかけられ道具を見せてもらえることに。そこで遅れてやってきた三年生の先輩 高木(たかぎ)と出会う。
物憂げな表情で無口な高木は、冷たい印象を受けるが一信は次第に彼の優しさに気づいていく。弓を引く姿の美しさに惹かれ、高木自身へも惹かれていく一信。最初は困ったようにしていた高木も少しずつ心を開くようになり、明かされていく高木の危うさ。人間の醜さ、鬱屈を想いながらも、少年たちが愛とは何なのか考えていく物語。

【センター試験当日】 「高木くん! 早いね!」  そう言って手を振りながら走ってくる勝を見留めて、俺も手を振った。 「あんまり走るなよ。今日は幸い天気も良いが、転んで怪我でもしたら事だ」 「そ、そうだね。縁起も悪いし……あぁどうしよう。そう言うと何にもないところでも転びそうな気がしてくる」 「そうなったら支えてやる。安心して歩け」  バシッと背中を叩いて、へろへろと怯えている勝に活をいれる。  その後一緒に勝が試験を受ける校舎まで向かった。 「高木くんはどの校舎なんだい? おんなじところ?」 「いや、俺はここより奥の方の建物だ。だからお前とはここで別れる。……しっかりやれよ」 「が、がんばるよ」  両手を祈るような形で握りしめながら、それをぶるぶると震わせて言う。あまりにも頼りない姿に、今度は背中を叩く変わりにその手を掴んで言った。  目を見て、はっきりと。  温度の交わらない手は力強く。 「絶対受かる!」  ──その一言が放たれた瞬間、僕の中にあった得体のしれない不安たちが四散していくような気がした── 「……うん。ありがとう高木くん」  震えはいつの間にか止まっている。緊張で浮ついた頭もいくらか落ち着きを取り戻し、もう転びそうだとは思わなかった。 「よし」  そうして彼は、笑って僕を送り出した。  いざ問題用紙が配られ試験が始まるとまた緊張したが、それでも彼のあの一言と、そして迷いの一切ない目を思い出すとなぜか大丈夫だと思った。彼は僕の目指す大学の偏差値も、模試の結果もちっとも知らないくせにどうしてあんなに真っ直ぐ言い切ったのか。根拠はなにも無いのに、それでも彼が言うと本当になる気がした。  続く二日目の試験も同じように待ち合わせて会場へ向かったが、昨日のように震えることはなくやはり彼は笑顔で僕を送り出した。だから、彼が2日とも試験を休んでいたことを知ったのはそれから一ヶ月以上経って二次試験が終わってからのことだった。 「高木くぅん! 君、受けるって言ってなかったかい⁉」  二月末、二人とも全ての試験が終わり後は結果を待つだけとなっていた。 「しかも君の試験が昨日だったのも初耳なんだけども⁉ 僕、二次試験が終わった日にめちゃくちゃ電話してしまったけどもしかしなくても君、試験前日だったろう! どうして言ってくれなかったんだい⁉」 「別に。そんなに朝早くも無かったしな」  平然と言って、運ばれてきた飲み物の方に意識を移す。 「それより、このレモンティー家で淹れてるのより美味しいな……やっぱりいい茶葉使ってんのか?」 「自分の試験より紅茶が気になるかい! それなら今度、僕の家で使っている高級茶葉をプレゼントするよ!」 「お、ほんとか? それは嬉しいな」  珍しい艶やかさを秘めた微笑みに、今の高木にとっては試験よりも紅茶よりも一信のことが大事なのだと思う。 「……ま、いいよ。でも試験結果が分かれば流石に教えてくれるね?」 「あぁ。それは言うさ。お前も、もし落ちてても遠慮すんなよ」 「縁起が悪いね! あの日、自信満々に受かると言ってくれた君はどこへ行ったんだい」 「俺にそう言われると、受かる気がするだろ?」 「……それはそうだけども」  自覚があったのか……。 「ま、結果出るまでもう出来ることもねーからな。気楽に過ごせばいいだろ。俺も久々に一信とゆっくり遊びに行くし。お前も家族とどっか行くんだろ?」 「それはそうだけども。一つ聞いても?」  いつものような百面相ではなく真面目な顔でしかも改まった言い方をしたので、思わず高木も身構える。 「なんだ?」 「一信くんとのことだよ。アセクシャルであることを話したりはしたのかい」 「えっ……」  勝はあまり、そういうことを突っ込んできいてくることはしなかった。あれこれと心配するまでもなく高木は自分のことをきっちりとこなしていたし、大抵の場合は勝が相談を持ちかけたり愚痴を話すばかりで、高木は聞き役に徹していた。勝の方から高木のプライベートに踏み込むことは一度も無かったのだ。  それ故に動揺して、また内容が内容だけに返答に詰まる。 「はっきりとは、言ってない。でも、なんとなく分かってると思う」  視線を泳がせながら答えると、勝はまっすぐにこちらを見て言う。 「高木くん。仮に一信くんが分かっていたとしても、はっきりと伝えないことはズルいんじゃないかい」 「え、いや……それは」  まるっきり普段と逆の立場になって、高木は狼狽える。 「受験のこともそうだけどね、高木くんが立派な人間なのは僕もよく知っているし、察しが良いのも、僕みたいなのからしたら本当にありがたいし、すごいと思ってる。でも、君が伝えてくれないことで察しの悪い僕は不安になったり寂しくなったりするんだよ」 「……うん」 「君はなんでも自己完結してしまう。それは格好いいと思う。実際、僕は君のそういうところに憧れているからね。でも、それを拒絶と感じる人もいることを、忘れないでくれたまえ」 「……わかってる。……ありがとう」  高木はずるずると椅子からずり下がりながらいつも以上にうつむいて、情けなさそうに返事をした。  ──久々に一信に電話をする。 「受験もとりあえず終わったし、また俺の家に遊びにこないか?」  ことさらに優しい声でそう伝えると、無邪気な返事が返ってくる。 [いつでも行きます! あっ、受験お疲れ様です] 「……俺の家にいくつか映画もあるし、何も持ってこなくて良い。見たい映画があれば持ってきてもいい」  一瞬の間があって、一信が尋ねる。 [先輩、テレビ買ったんですか?]  その言葉で、まだパソコンでDVDが見れることを教えてなかったと思い出す。高木は少し面白くなって。電話のこちら側で笑いを抑えながら言った。 「若人わこうどよ。最近はテレビがなくてもDVDは見れるんだ。パソコンに繋いだりして、まぁ画面は小さいが慣れればそれほど気にならない」  それから先程よりさらに長い間がある。 [もしかして、初めて家に誘ってくれた時も……]  今、電話の向こう側で顔を真っ赤にしているであろう恋人を想う。 「案外、電子機器には詳しくないんだな」 [だって……パソコン持ってなくて……父さんはいつも自室に置いてるから触ったこともないし……]  か細い声で言い訳を並べる一信はとても珍しくこれは中々かわいいと思った。さて、悪趣味だろうか。 「今度はちゃんと映画を見よう。ポップコーンも買っといてやるから」 [はい……]  電子レンジで作るタイプではなく、フライパンのような形をしたガスコンロで作るポップコーンが一信のお気に入りだった。ご機嫌を取るようにあえて茶化して言ったのが伝わったのか、大人しく返事をして、その電話を終わらせた。  数日後、レモンドーナツを手土産に一信がやって来た。 「けっこう甘めのドーナツだからポップコーンの塩味といい感じのバランスになるかと思って」  嬉しそうにマフラーを外しながら話し、高木はそれを聞きながら淹れていたストレートの紅茶をカップに注ぐ。  ──キッチンには茶葉が増えた。それらは大抵オシャレな缶に入っているので高木の家を飾る数少ない彩りとなっていたこと、そして二人で買ったティーカップもまた色合いを足す。  生活の中に他人のものが混ざっていく  侵食されていく  その感覚がこんなにも自然で  素直な嬉しさに繋がっている  これはきっと 間違いなく 愛だろう  それでも俺は恐れている    等しくないことを  お前と俺は多くを共有し許容している  それでも等しくはない  当然のことが その差異が 恐ろしい  だから待って もう少しだけ どうか  ──この時間をどうか許してください 「えっ、この紅茶、すごい美味しい……!」  目を丸くする一信に得意げに話す。 「このあいだ勝から貰った。良い茶葉らしい。たぶん高いやつだから大事に飲めよ」  二人でベッドのヘリを背もたれに並んで座り、ローテーブルの上にはパソコンを。 「映画なに見る? つっても家にあんのはちょい古めの洋画ばっかだけどな」  いくつかの候補を並べて見せる。 「先輩ってけっこう洋画好きですよね」 「そうだな。洋画は綺麗な人が多い」  ご機嫌な調子でDVDを物色しながらそう言ったので一信は少し驚いて尋ねる。 「内容とかじゃないんですか?」  高木が俳優のルックスに焦点をあてていることも意外だったし、そもそも洋画に美男美女が多いというのも彼にしては珍しく短絡的な意見だと思った。 「内容ももちろん大事だ。でもせっかく見るんだったら綺麗なのほうが良いだろ? 洋画は全体的に映像美が強い気がする。まぁ単なる好みの話かもしれないが。景色にしかりアクションにしかり、そして俳優にしかり、なんつーか色彩感覚が向こうの方が好きなんだよな。少し古い邦画の褪せた色合いみたいなのも好きだけど」 「なるほど」  思い返してみると、一緒に見た映画の多くは色調の華やかなものが多かった。しかしそうなってくると、どの俳優を『綺麗な画』として認識しているのか気になってくるのは当然のことだろう。 「た、例えば誰が綺麗だと思うんですか?」 「えー……全体的に金髪とか綺麗だと思うけどな、リヴァー・フェニックスとか。あと歌手としてのイメージが強いけどシンディ・ローパーとかも好きだな。綺麗というよりかわいいの方だけど」  さらさらと話される高木の意外な一面に焦りながら俳優の名前を検索する。高木は少し腰を上げてベッドの上に座り直しながら、一信の携帯画面をちらと見て付け足した。 「遠い国の俳優や少し古い俳優は、よほどのことが無い限りこっちの国まで情報が回ってこないだろ」  一信は声の方を見上げる。 「彼らの醜聞は調べない限り、知らずにいられる。だから安心して偶像として好きになれるんだ。画面の向こうの彼らはどれも本物ではなく、同時にその作品の中では確かに生きている。それは過不足なく一貫した人間でいてくれる。  キャラクターの良い部分も悪い部分も好きになれるが、それは俳優とは関係がない。どれほど悪人が登場してもその俳優はいい人かもしれないと思えば感情移入しすぎずに映画を楽しめるし、反対にものすごくいい人の役をやっている役者が裏では平気で人を傷つけているかもしれないことも知らなくて良い。日本の現代の俳優は、知りたくなくても電車に乗ればニュースが流れ、クラスメイトの話が聞こえてくる。不倫をした、金にゆるい、そういう話とともに、それを面白がっている人間の心の内が流れてくる。  情報が少ないからこそ、綺麗に見えるものもあるってことだ」  二人で一緒に美術館に行った時、高木はたまにその絵に関する時代背景や画家の人柄について話すことがあった。  情報があった方がより楽しめるものとして、絵画を認識しているのかもしれない。もしくは、映画よりも人間と作品を切り離して考えられると思っているのかもしれなかった。  どちらにせよ、高木が洋画の方が綺麗な人が多いと言ったことは決して短絡的な発想からではなかったことは確かだろう。 「……僕のことは、知ったときと、知らなかったとき、どっちの方が綺麗だと思いますか」  焦りや好奇心ではなく、期待をもって訊いた。高木はそれに少し笑って答える。 「残念。俺はお前を見るよりも先に知った」  可笑しそうにその目は思い出している。 「色々とあだ名をつけられることはあったけどな。まず最初の呼び名が『麗人』だったやつはいない」 「あっ……」  そういえば名前を知る前、いや知った後もしばらくは彼のことを心の中でそう呼んでいた。そうだ、会った当初からこの人は聞こえていたのだ。そう考えると、テレパシーのことを知るまでに自分が何を考えていたか不安になってくる。思い出そうと思っても、たいして意識せずに考えたことなどもはや記憶にない。 「あの、僕なにか他に考えてましたか……」  聞いたところで教えてくれないだろうと思ったが。 「俺のことを問題児だと思っていたな。正確には俺のことだが」 「あぁあ、それは、すいません……、いやでも本当のことではありますよね?」  開き直りにしてはうやうやしく言い返してくる。 「違いない。もっとも、お前には及ばないだろう。入部したての頃、俺の射を見ては的になりたいと思っていたことを忘れたとは言わせない。お陰で俺は随分肝を冷やした」 「あー……。そうですね」  そういえばそんなことも考えていた。 「今でもそう思うのか」 「……思いますよ。僕はいつでも、りんごになりたいんです」  知っているくせに、と思った。でもあの人はその声には答えない。 「お前を射ち殺したら、誰が俺のことを殺してくれるんだ」  呆れたように高木は笑いながら言った。  そしてあっさりと笑った高木とは対照的に、一信は目を見開いて固まっていた。それに少し驚いて高木はDVDを取り出そうとする手を止める。 「どうした?」  あまりにも一信が何も言わないので困ったように問うと、瞬きもせずそれは答えた。 「……一緒に死んでくれるんですか」  尋ねた、と言うべきだろうか?  絶妙なイントネーションのせいでそれは疑問のようにも聞こえたが、確かめているようにも聞き取れた。  高木はそこでやっと自分が言った言葉の重みに気づいて言葉を詰まらせる。 「や、一緒にっていうか、ほら、俺だったら、人を殺したらたぶんその後、死ぬだろうなっていうか……。でも、自殺は、きついだろ。だから……」  それほど深い意味をもって自分のことを殺してくれる相手がいないと言ったわけではなかった。少なくとも意識的には。  そもそも射ち殺す話があり得ない仮定であって本当に一信が死ぬところを想像したわけでもない。 「……そうですか」  少しだけ落胆した声で、彼は視線を落としまたパソコンの方へ向き直った。 「拗ねるなって。一緒に死んでほしいのか?」  ケースを閉じて、意識を会話の方へ集中させる。 「……分かりません」  一信は背を向けたまま、高木にはつむじがよく見える姿勢だった。 「僕より長生きして、幸せになって、先輩のことをちゃんと理解してくれる人が側にいて、先輩が悪くない人生だったなぁって言って死んでいったら良いかなとも思うんです。でも、僕と、先輩。二人だけで、痛いなぁ、苦しいなぁって言いながら、血まみれで死んでいくのも──綺麗だと思いませんか」  胡桃色の瞳には狂気が宿っていた。  その脳裏には二人の人間が舞台の上に寝転がっている。  一人は頭が砕け散り、赤く小さな実が飛び散っている。  もう一人はその傍らで己の腹を掻っ捌き、痛みに苦しみながら笑っている。  笑って、砕け散った頭を見つめている。 「俺は首も落としてもらえずに、割腹自殺か」 「政さんにでも落としてもらいますか?」  くすくすと笑いながら、それは言った。 「……政は剣は使えない。第一、……二人きりが良いんじゃなかったのか」  頭をもたげ一信の方へ目線を合わせた高木の、黒髪の隙間から覗く瞳は、妖しく光っていた。それはほのかに色めき立って。  思わず一信は息を呑む。 「先輩──」  カチ、シャー……音と共にDVDはいつの間にかパソコンにセットされ、瞬く間に大音量で映画会社のロゴが表示される。 「……先輩?」 「始まるぞ」  紅茶を飲んでレモンドーナツをほおばりながら、その会話は強制終了と相成った。

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