エベーヌの虚城 05話

05話 告解

※一部残酷な描写があります

あらすじ
怪我をして森で倒れていた少年ルカは、シスターエベーヌに拾われて傷を癒やしながら小さな森の中の家で他の12人の子供たちとともに暮らし始める。
中世ヨーロッパ、魔女狩りが過激化していた中で、不可思議な行動をするエベーヌと病弱な妹の存在。そしてある日、妹の治療のため家を空けることになったエベーヌ。寂しさで泣く子供たちの中でルカの狂気が目覚める!

【告解】  思ったよりも時間がかかってしまった。せいぜい五日もあれば充分だと思っていたがスーシの熱がなかなか引かず無理に動かすのも可哀想で結局子どもたちに言った日付よりも一日過ぎてしまった。寂しがっているだろう。  エベーヌはスーシを助けてくれた友人に礼を言い、手配してもらった馬車に乗った。 「スーシ、体の調子はどうだい。違和感はないか?」 「うん。大丈夫」  にこにこと笑っている少女はこの間まで起き上がることすら出来なかったとは思えないほど元気になっていた。 「よかった。やはりザガンのやつに頼んで良かった。私よりずっと腕がいい」  そう言いながら、窓の外を見たがるスーシを自分の膝にのせてやる。 「はやくお家に帰ってピリポとバルトと一緒に遊びたいな」  青空を眺める少女に母親は同調する。 「この馬車なら今日中には家につくだろう。帰ったらみんなで夕飯を食べよう」 「うん!」 ──足の裏が血まみれになるのも気にせずにその子どもは走っていた。母親に綺麗だと褒められた金色の髪を振り乱し、美しい肌が森の木々によって切り裂かれるのも厭わず走った。ひとえに、愛する母のために。 「かあさまマモー‼ 助けてオ スクール‼」  光の入らない森の中で叫ぶヨハネの声は、木々に吸い込まれて消えていく。 「ピリポ、動いちゃだめだからな」  木のうろに隠れたピリポとバルトロマイはカサカサと揺れる葉の音に神経をすり減らしながら暗闇のなか待っていた。 「ねぇバルト、タダイはだいじょぶかな……ヨハネ、どこに行ったのかな、や、ヤコブは、ヤコブはきっと大丈夫だよね」  ぽたぽたと涙をこぼしながらピリポは震えていた。怖かった。それはバルトロマイも同じだったが、自分はしっかりしなければと思ってピリポの手を握ってやって力強く答えた。 「みんな無事だ。それに、怪我くらいすぐ母さんが帰ってきて直してくれる。みんなすぐ元気になるから大丈夫だ!」 「ほんとう? でも、でも……タダイの服についてた血、すごくたくさんだったよ。ペテロも、シモンも死んじゃったって……」 「タダイも焦ってたんだ。見間違いかもしれない。とにかく母さんが帰ってくれば全部大丈夫だ」  ──かあさん、かあさん。早く帰ってきて下さい。 「母さん。早く帰ってこないと、待ちくたびれて森の中の子どもたちも殺してしまうよ」  体についた血を拭うこともせず、温かいオレンジ色のランプの下でルカは母の帰りを待っていた。  カタン、と扉の蝶番がゆれてルカは目を輝かせて包丁を握りしめた。すぐに、音の正体は顔をのぞかせる。子供の頭が二つほど扉の向こうに現れて。 「母様マモー、ルカがいるよ。動いているよ」  ピリポは言った。 「ばか、それじゃまるで人形が動き出したみたいじゃないか。起きてるって言わなきゃ」  バルトロマイが言った。 「帰ってきたのか。ピリポ、バルト、でも残念だったね。まだ母さんは帰ってきてないよ」  ルカが優しく教えてやるとピリポは首をかしげた。 「うそ、母様はもう帰ってきてるよ。だからみんなすぐに元通りになるんだ! ルカの怪我もきっと治るよ。大丈夫!」  ピリポは屈託のない笑顔でルカのもとへ走ってくる。  かわいそうに、扉の前で死んでいたタダイを見ても現実が受け止められないのだろう、とルカは思った。そしてバルトロマイも、少しばかりしっかりしているからと言ってまだ子どもだ。ピリポの言い出した都合の良い空想にすがりたくなるのも仕方ない。 「大丈夫。二人ともすぐに神様のところに送ってあげるよ。そしたらみんなとまた会えるはずさ」  足元に抱きついてルカを見上げるピリポを思いきり突き刺した  なにも理解しないままピリポは死んだ 「バルト、あぁ、怖くて声も出ないのか」  扉の前で凍りついたバルトロマイも刺した  小さくうめいて死んだ  二人ともまるで人形でも刺しているのかと思うように手応えがなく、ルカはあまりおもしろくないと思いながら倒れたバルトロマイが玄関を塞がないようにどかしていたところで、それは現れた。  キィ、と扉がきしんで。 「母さん!」  黒衣に包まれた美しい女──それにすがる傷だらけのヨハネ。 「母さん、おかえりなさい!」  引きずっていたバルトロマイを放り出してルカは母親に駆け寄った。そしてふと、自分の血に汚れ茶色くなった衣服を見て立ち止まる。この格好では母を抱きしめるわけにはいかない、と思って。 「母さん、ごめん。こんなに汚しちゃって。ちゃんと自分で洗うから」  ルカは自問する。何を謝っているのか、と。これから殺す人に、決して俺を許すはずもない人に。 「か、かあさん、ごめん、ごめんなさい。ごめんなさい──」  無意味にも、少年は涙を見せた。口元には不器用な笑みをたたえながら、瞬きもせず泣いた。許してもらえるとは思っていなかった。許さないでほしかった。あのシスターのように怒り狂ってくれればよかった。  そうして 俺を殺して下さい かあさん 「ルカ」  母は俺の名を呼んだ 「かわいそうなルカ おいで」  両手を広げでそう言った ヨハネが自然と母の元から離れる 今だけは譲ってやるとでも言うように 「かあさん……?」 「よく、逃げなかったね」  母は笑っていた。優しく、心から嬉しそうに。続けて言った。低く美しい声で。 「子どもなんていくらでも代わりがきく。お前が気にすることはないさ」 「え……?」 「もう気づいているだろう。かしこいルカ」 「どういう、意味ですか」  俺は呆然と母を見つめた その闇深い瞳を 「私が魔女だということを」  そう。俺は、知っていた。この違和感だらけの聖域がどのようにして保たれているのか。母の部屋からしかやってこない食材、それも新鮮な肉や野菜ばかりがいつも二階で祈りを終えた母の手によって渡されたこと。どこへも買いに行かないのにいつもある大量の新しい本。怪我をしてもすぐに治る子どもたち。おかしなところは山ほどあった。 「でも、母さん。母さんは、ひと、ではないかもしれないけど、でも母さんでしょう!」 「私は食事と寝床を与えているだけだと言った」 「それでもみんなを愛してないわけはない! そうだ、ヨハネ、ヨハネ! お前が一番良く知ってるだろ! ずっと母さんの側にいたんだ。母さんがどれだけみんなに愛情を与えていたか、知ってるだろ‼」  ヨハネはピリポとバルトロマイの死体に見向きもせず、ずっと母親の方だけを見ていた。まるで、操り糸のなくなった人形のように動かないまま。 「ヨハネ……?」 「壊れてしまったんだね。かわいそうなヨハネ」  母さんは優しく言って、指先をヨハネに向ける。その刹那──バチンッと音がしてヨハネは一度、小さな体を痙攣させてから床に倒れてそれきり、動かなかった。  俺は何も分からなくて、恐ろしくて、死んだ子らと同じようにすがりついた。母親という偶像に。 「かあさん、かあさん、なにをしたんですか! ヨハネは、どうなって、なんで」 『かあさん‼』  悲痛な声で叫ぶ少年を母親は優しく抱きしめる。自愛に満ちた声でその名を呼んで、彼の犯した罪を咎めることもせずに。 「なんで、なんで貴女は平静でいられるんですか! 俺は貴女の大切な子どもたちを殺したのに! あなたの留守を守れなかったのに! 何もかも壊してしまったのに‼」  女は答える。 「言ったろう。子どもはまた集めれば良い。アレは私が母親であるための道具なのだから」 「愛しては、いなかったのですか」 「魔女が、人間を? そんな奇特な者は滅多にいないだろう」 「じゃあ俺は、俺のことも愛してはいないのですか……」  かすれるような声だった。否定してほしいと、願っていた。だから女はまた不器用に笑った。笑って、答えた。 「……一晩で十一人殺した子どもを、ひとは人と呼ばないだろう」 「それじゃ、俺は……」 「お前は人でいるには血を浴びすぎた。そして、生きている限り殺すことをやめられないだろう。永久にその呪われた欲望を捨てることなど出来ないのだから」 「じゃあ、かあさん、俺はかあさんの子どもでいても良いんですね」 「そうだね……お前が、同胞を殺しさえしなければ……ね」  少年の涙は止まった。歓喜によってではない。それは絶望によって。母の最上の微笑みを前に呼吸をするのも忘れた。 「安心すると良い。私はカレンドラのように間抜けではない」  当然のことのように、母さんはあのシスターの名を呼んだ。知っているのが当たり前だというように。 「あの間抜けで奇特な魔女は、人間の子どもが死んだくらいで取り乱して、あろうことか助けようとした。そんな無意味なことで魔力を使い果たし、不名誉にも火あぶりになった!」  母さんは、もう母親の顔をしていなかった。 「ルカ、お前が逃げずに全ての罪を背負っていれば、カレンドラが死ぬことも無かったというのに‼」  憎悪に満ちた目で、その魔女は俺を見て、もう一度だけ笑うと手のひらから闇色の剣を生み出して自らの喉を貫いた。 「か、あ、さ、ん……?」  床に伏した魔女は答える。俺の両足を床に縫い止めて。  あ く ま

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