羅刹の娘 第一章02

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※残酷な描写、性的な描写があります

あらすじ
人口の約30%が霊力を持ち、妖《あやかし》と呼ばれる人間とは異なる種族との共存が求められる社会。共存とは言うものの、霊力の少ない人間からすれば妖は脅威である。従ってそれらと対抗する術を学ぶための学校が存在する。──その中で名門校である土御門学園に所属する少年少女の物語。
本作は高校生編と中学生編で構成されている。
高校生編では、新しく生徒会に選ばれた高校一年の三丿神《さんのかみ》が、同じく一年生で生徒会に選ばれた三幸《みゆき》と出会い、どこか陰のある美しさに惹かれながら彼女の心を知ろうとする。様々な男を翻弄し、従えるために手段を選ばない三幸の真意とは……?

   【2】 「生徒会長の青条せいじょう 孝二こうじだ。二人とも入学早々の呼び出しで申し訳ない。こちらの事情で今日のうちに顔合わせをしておきたかったんだ」  はっきりとした声で喋り、まっすぐこちらを見ながら話す様子はそのまま彼の人柄を物語っていた。 「まずは僕から改めて自己紹介をしよう。役職は生徒会長、クラスはA、三年の青条だ。よろしく頼む」  青条は視線をちらりと隣にやり、次の自己紹介を促す。 「はいはい。書記の四辻よつじです。二年生だから君たちと一個しか違わないし、仲良くしてね」  ヘラリと笑ってみせる彼に青条はしかめっ面をして口をはさんだ。 「まるで二つ違いだと距離があるみたいだろ。それは」 「え~。あるでしょ。きょり。だって三年とか怖いよね~」  同意を求める四辻の存在も、一般生徒の感覚から言えば十分に怖かった。彼は自ら名のりはしなかったが、三丿神と同じくSクラスの生徒であり特徴的な紫の片眼鏡モノクルが霊力を抑える類のものであることは学園の者であれば皆知っていた。  けれども、その程度の脅威で言葉を濁すほどは学園のルールに通じていない。 「怖くないですよ! 青条先輩、入学式で挨拶してるの見たときからいい声してるひとだなぁって、思ってて! 近くでみると声だけじゃなくて顔もイケメンなんですね!」  ハツラツと言い放つので、呆気にとられた青条はすこし遅れてから動揺の抜けきらない声で恥ずかしさをごまかすように鼻の頭を掻きながらありがとうと返した。 「ともかく、三年とは言え、僕も生徒会長になったばかりだし色々と至らないところもあるだろう。壁を作らずみんなで協力して活動できればうれしいと思ってる。……じゃあ、次は三丿神くん自己紹介を頼む」 「はい! 三丿神 公々です。一年Sクラス! 編入したてで分からないことも多いですが推薦してくれた人に恥じないようしっかり頑張ります!」 「三丿神くんを推薦したのは……一宮先生だったかな」 「! はい。そうです」  元気のいい三丿神の返事とは裏腹に、青条はどこか苦々しい顔をして言葉を付け足した。 「一宮先生は生徒会顧問をしてくださっている。今日はいらっしゃらないが、近いうちに挨拶する機会もあるだろう」  何か言いたげな雰囲気はあったが、そこで言葉を切って四人目の自己紹介へと移った。 「御角です。一年Cクラス、三丿神さんと同じく一宮先生が推薦してくださったので、ご期待に答えられるよう頑張ります」  クラスを言っても誰も驚かないあたり、当然この二人は御角の情報は知っていたんだろう。 「……公々君は三幸がCクラスだって聞いても驚かないんだねぇ」  そう言ったのは四辻先輩だった。確かに、今この場においては驚かない三丿神のほうが不思議に見える。 「ここまで来るときに聞いてたので。知ったときはちょっとびっくりしたんですけど、でも推薦されるってことはそれだけ優秀な人だってことですよね」  お手本のような受け答えに四辻はにこやかな表情のまま首をかしげた。 「推薦した一宮先生はろくな人間じゃないから、別に優秀かどうかは関係ないと思うよ? 三幸は霊視しか出来ない上に今じゃろくに目も見えないんだし」  宙を見る三幸を前にして、彼は笑顔を浮かべたまま言った。声色に少しの鋭さもないことが返って言葉の冷たさを浮き立たせる。  突然のことに三丿神は、驚きながらくうを噛み、それからやっと四辻の言葉をしっかりと頭で理解して、膝の上の拳を固く握りしめた。 「先輩がどう思われるかは自由だと思いますが、それを軽々しく口にすることは控えるべきかと思います。……一年が生意気を言って申し訳ありませんが、俺はそういった、人を軽く扱うような言葉は許容できません」  努めて穏やかに言った。どうか伝わってくれと思いながら。しかし、相手は少しも動じた様子はなく笑っていた。 「それって、どっちに怒ってるの? 一宮先生をろくな人間じゃないって言ったことかな? きっとそうだよね」  にこにこと、分かっていて言っているのだ。 「別に俺は聖人じゃありません。この場にいない一宮先生に対しての感情をあなたが話すことを咎めるつもりはないです。俺がそれを鵜呑みにしなければいいだけなので。ただ、御角さんはここにいて、どのような経緯であれ生徒会の仲間です。発言には気をつけていただきたい」  額に青筋が浮かぶ三丿神が、少しも声を荒らげないことを少し意外だと思いながら四辻はその主張を聞いていた。 「なるほどね。ごめんごめん。もう言わないよ」  軽々しい謝罪に、三丿神は短く息を吸ってもう一言咎めた。 「謝罪は御角さんにお願いします」  階級が低く、障害を持った人間を軽んじるような人が、自分より下だと思っている人間に謝罪をしろといってどんな顔をするだろうかと思ったが、四辻はあっさりと「そうだね」と同意して変わらない笑顔のまま御角のほうを見る。 「ごめんね、三幸。勝手にだしにされて怒ったでしょう。でも、おかげで公々が割にまともな人間だってことは分かったから、それで許してくれる?」  その言葉に、またしても頭の理解が遅れる。  だしにして? 俺が、まともな人間だと……つまり、最初から試されていたのは俺の方で……? 「待ってください、じゃあ、四辻先輩の発言は……」  動揺する俺に答えてくれたのは、軽くため息をついてから微笑んだ御角だった。 「四辻先輩は少し過保護なんだよ。私のことを心配して、悪役になってみせるくらいね」 「え、そん、ふたり、は……知り合いなのか?」 「私の父と先輩のお母様が兄妹なの。だから子供の頃から四辻先輩とは親しくしていたんだ」 「いとこ……なるほど……。……先輩、すみません。そうとは知らず偉そうなことを……」  少し青ざめながら謝る三丿神に今度は少し困ったような笑顔で四辻は返した。 「いやいや、怒らせるつもりで言ったから、怒鳴られるくらいのことまで覚悟してたよ。むしろ、公々君が俺に同調してこなくて安心してるんだから」  先程よりずっと人間らしい表情で言われて、心底ホッとする。あの張り付いた面のような笑顔と心無い言葉を吐くような人とこれからさき付き合っていかなくちゃいけないのかと思ったが、どうやらその心配はいらないらしい。 「同調されたらどうするつもりだったんだ」  と苦言を呈するのは青条、どうやらこういう話の流れにすることは事前に決まっていたようだった。 「大丈夫大丈夫、公々君はそんなことしないって信じてたよ」  ……信じていたのならそうは言わなかろうに。そう思う公々をよそに、御角が会話の終わりを見計らって四辻へと曖昧な視線をむけて言った。 「納得したのなら眼鏡をちょうだい。どうせあなたのことだからもう見つけてあるのでしょう」  その言葉に彼は机に置かれている眼鏡を取ると、立ち上がって彼女の目の前へ腰をかがめ、ツンと首を伸ばして目を閉じて待っているそのひとの髪を静かにかきあげて、あらわになった耳──ひとひらの花弁のように白く、薄く、微細な作りを誇るそれを、確かめてからツルをはわせる。 「ありがとう」  黒い瞳は意志を宿し、つい──と視線をあげると短くそう言った。  四辻はそれにほんの少し優しく微笑むだけの返事をした。  見交わされたその一瞬の応答が二人の関係の表象である。    *** 「みーゆきちゃん」  楽しげに、声高に呼ばれる機会が増えたことは彼女にとって予想外だった。けれども考えてみれば始めて会ったときから彼はふざけた男であったのだ。  なんの感慨もなく始まった高校一年生の一学期、エスカレーター式であがった御角からすれば校舎は変わったものの、クラスは二つしかなく、クラス替えをしたとてほとんど見知った顔ぶれで特別なことはなかった。  そんな中でその男の存在は考えようによっては面白い﹅﹅﹅と言えた。 「みゆきちゃーん無視しないでくれよー」  先程から後ろで呼ばれているのを、もちろん気づいていて放っておいているのだけれど、私は本棚の整理で忙しいということになっているから誰もそれ咎めはしない。むしろ非難は彼の方に飛んだ。 「公々くん。暇ならこっちの書類整理を手伝ってくれ」  忙しさに眉間にシワをよせてそういったのは青条会長だった。  その声でやっと諦めて離れていったが、新学期が始まってはや数日経ち部活動の申請や新入生歓迎に関する様々な書類などに目を通し、かつ前会長から引き継いだ書類の様々な不備を修正する作業に追われる中、公々は隙を見ては御角にちょっかいをかけに来ていた。  むろん御角はほとんど相手にしていなかったが、それでも気を悪くする様子は無く笑顔で話しかけてくる。 「不機嫌になる男のほうがやりようがあるのだけれど」  と、今日はまだSクラスのメンバーがいないのを良いことに彼女は愚痴をこぼす。それを聞いているのは会長の青条と、生徒会顧問である一宮だった。 「俺から注意しようか」  相変わらず険しい顔で書類を整理しながら青条は提案する。そこまでする必要はないと提案を退ける御角を尻目に一宮が話に入ってきた。 「いいじゃないか。三幸、三丿神の相手をしてやれば。あいつのとこは兄弟もいないし家を継ぐのは間違いないだろ。階級もあるし、仲良くしておいて損はないんじゃないか」 「だから困っているんですよ一宮先生」  御角は公々に対してとは全く違う柔和な笑顔を持ってして答える。 「彼は一宮先生のように大人じゃありませんから。勘違いして真剣に将来のことを考えられでもしたら面倒でしょう」 「違いない。奴が御角の名前を継ぐほどお前に執心すれば話は別だろうがな」 「ご冗談を。執着されるのは好きじゃありませんので」  その言葉に一宮は疑問を呈する。 「四辻はいいのか。随分お前に執着してるだろう。生徒会の人員選出も相当いじってくれたようだしな」  その言葉の中に、少なからず四辻のせいで労力を払わされた不快さが混ざっているのを理解し、御角はなだめるように言う。 「あの人は視えるから放っておけないだけで、ほんの少しの慈悲で私を助けてくれているに過ぎません。一宮先生のように、私のために動いてくれたというよりは、なにかのついで程度のつもりでしょうから」  穏やかに微笑まれ、一宮は思わず黙る。御角の言葉によって、四辻に対して悪態をつくと御角を蔑ろにしているとも取れることが示されてしまったからだ。それをできない理由が一宮にはあった。 「……三幸、俺は──」  僅かの沈黙の後一宮は口を開いたが。 「すみません、遅れましたー!」  おそらくはなにかしらの弁解をしようとした矢先、公々の声が響き渡るとともに生徒会室の扉が開きそれは有耶無耶となった。    *** 「みゆきちゃん♪ もう帰るのか?」  時計が5時半を指す頃に、筆記用具をカバンへしまい始めた御角へそう尋ねる。 「そう」 「なら俺ももう帰ろうかな。書類はあらかた片付いたし、良いですよね先輩」  よくない、と言うべきだろうかと思いながら、引き止める正当な理由が見つからない青条は唸るような曖昧な返事をした。なにせ、公々の働きによって予定より随分仕事は早く進んでいて、難癖をつけてとどまらせることすら難しかったのだから。 「今日は一宮先生きてたな。初めて話したけど普通に良い人そうだよなぁ」  同意を求めているわけではないが、一人言でもない。公々は喋るつもりのなさそうな御角の方をみながら言う。 「みゆきちゃんは先生と仲良さそうだったよな。中学のときも繋がりとかあったのか?」 「……三丿神さん」 「なに⁉」  久々に名前を呼ばれて──と言っても仕事中は普通に呼んでいるが──嬉しそうに返事をする公々に、御角は非常に静かな口調で言った。 「仲良くなろうとするには、適切な距離感というものがあると思うのだけれど、あなたにとっては今の状態が自然な距離だと思っているのかな?」 「いや、思ってない」  その返答に思わず御角は隣を歩く公々の方を見上げた。  はっきりと否定されることは当然予想外で、御角としては距離を改めてもらう気づきになればと思って、むしろ罪悪感を煽るような言い方を選んだ。 「思って、ない……そう……」 「うん。てっきり気づいてると思ってたけど、俺、みゆきちゃんに友達と思ってもらいたいわけじゃないから」  ──気づいては、いる。気づいているから答えないようにしていたのだ。彼が友人としてではない関係を求めてアプローチしてきていることは名前の呼び方からして明白なのだから。下の名前を声高に愛称をつけて呼ぶことを全ての親しい女生徒に対して行っているわけではないことは、同じクラスの四辻に聞けばすぐに分かった。  けれども、知らぬふりをして過剰に話しかけてくることを鬱陶しそうにしていればそのうち落ち着くだろうと思ったが、相変わらず四辻や青条に対してとは全く異なる笑顔をこちらに向けるので、作戦を変えようと思った。  まさかそこまであけすけに、こちらに気づかれる前提でいたとは思わなかった。御角は駆け引きをしているつもりだったが、公々にはなんの算段もなく馬鹿正直に好意と、それに基づく関心を向けていただけだったのだ。 「俺、ちゃんと本気だから。最初にひと目見たときから綺麗な人だなと思ったけど、ここ数日の生徒会でもみゆきちゃんがすごい真面目で賢くて優しいのかも良く分かった。だからみゆきちゃんのこともっと知りたいし俺のことも知ってほしいんだ」  ここまではっきりと言われてしまっては、躱すのは難しかった。はぐらかすことはいくらでも出来るが、この手の相手ではその場しのぎにしかならない。御角は、瞬きを一度して、公々に向き直った。 「あなたの気持ちには答えられない」  明言するということを出来るだけ避けてきた彼女にとっては、随分と正直な言葉だったが、公々はまだ納得がいかなかった。 「いますぐに答えてほしいとは思ってない。俺のことを知ってほしいと言った。そのために会話をすることすら煩わしいか?」  馬鹿正直で頭でっかちとなると質が悪すぎると思いながら御角は目をそらさないまま少し考えて、答えた。 「目指すところが友人ならかまわないよ。けれどそうでないのなら、あなたに望みを持たれないよう気を使って話さなければならないのは、私にとって煩瑣はんさなことだと言えるね」 「……そうか、分かった。ちゃんと話してくれてありがとう。面倒をかけてすまなかった。これからは友人として関わらせてくれ」  好く思った女に対して迷惑をかけたくないというまともな感情はあったようで、それから公々は態度を改めた。ただし。 「三幸ちゃん、このファイルの去年のやつってそっちの棚にあるか?」 「孝二せんぱーい、ここ数字ちがくないですか。俺直しちゃっていいですよね」 「ちひろ先輩~、俺もう疲れたんで、みんなで休憩しましょう」  呼び方に関しては一切改まらないどころか、全員を名前で呼び出す始末。挙句の果てに。 「たつちゃんせんせい今日ネクタイお洒落じゃないですかー! いつも無地なのに」  これには一宮も眉間にシワを寄せながら、しかし褒められたのできつく怒ることも出来ず顔色を怒りと喜びに忙しくさせた。 「これは、贈り物で……いや、違う。その呼び方はなんだっ」  一宮のコントのような忙しい返事に、四辻が今にも笑い出しそうになるのを目の端で捉えながら御角が公々をたしなめたことで、呼び方は無事に『龍巳先生』で落ち着くことになった。  さて、後に公々がまったく諦めていないことを知ることになるのだが、ひとまず御角は心穏やかに生徒会活動に従事することが出来るようになったのである。

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