羅刹の娘 第一章04

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※残酷な描写、性的な描写があります

あらすじ
人口の約30%が霊力を持ち、妖《あやかし》と呼ばれる人間とは異なる種族との共存が求められる社会。共存とは言うものの、霊力の少ない人間からすれば妖は脅威である。従ってそれらと対抗する術を学ぶための学校が存在する。──その中で名門校である土御門学園に所属する少年少女の物語。
本作は高校生編と中学生編で構成されている。
高校生編では、新しく生徒会に選ばれた高校一年の三丿神《さんのかみ》が、同じく一年生で生徒会に選ばれた三幸《みゆき》と出会い、どこか陰のある美しさに惹かれながら彼女の心を知ろうとする。様々な男を翻弄し、従えるために手段を選ばない三幸の真意とは……?

   【4】 「なぁ、いいだろ? 今度うちが主催するやつに呼ぶからさ。前に興味があるって言ってた会社の会長も来るし、もちろん俺が渡りつけるよ」  廊下を歩いていると声が聞こえてくる。聞き覚えがある、確かあまり話したことはないがクラスメイトの……そう、三年の、千尋先輩と話しているのをたまに見かける。 「本当? 今から来る人増やしたら怒られるんじゃないの?」  ……相手の声は、もっと聞き覚えがあった。 「平気さ、誰も文句は言わねぇよ。その代わりパーティーのあとはさ、な?」  階段を登るために角を曲がれば、そこにはクラスメイトが友人の腰に手をまわし言い寄る姿があった。 「三丿神くん」  さきに反応したのは彼女だった。別段バツの悪そうな風でもなく、奇遇だね、とでも言わんばかりの涼しい顔で。  そして隣にいる先輩は少し遅れてどうでもよさそうにこちらを見た。 「……三幸ちゃん、こんなとこで何してんだ?」  いつもより少し低く抑えた声と眉間によったシワに気づかないように平然とそれは答えた。 「先輩と今度のパーティーのことで話していたの。私に何か用事かな?」  探させてしまったなら申し訳ないね、急ぎでないなら生徒会の時に、と付け足す。 「ただ話してるだけで、腰に手を添えてもらう必要が?」  もはや不快感を隠すこともなくそう聞いた。  別に彼女が先輩と親しくしているのは問題ではない。相手が先輩だけならば。 「お前には関係ないだろうが」  黙っていた先輩が苛立たしげに口をはさんだ。この人はきっと何も知らないのだろう。かといって、今ここで彼女の行いを暴いてみせたいわけじゃない。彼女を破滅させたいわけじゃない。 「ここは人も来ますし、場所は考えたほうが良いんじゃないですか」  ひと目については困るはずだ。あまりにも彼女の行い﹅﹅は分かりやすすぎる。しかし、何も知らないはずの先輩は鼻で笑った。 「今更だろ。どうせあちこちで色んなのに声かけられてんだから。なぁ?」  そう言われた三幸は、頷きもせず、ほんの少し口角を上げるだけでそれに同意した。目を伏せて、男に腰を抱かれながら控えめに笑うだけのその姿の美しさが厭らしかった。  けれど俺が一つ瞬きをする間に、彼女は両目をしっかりと開いてこちらを見据えていた。思わず息を詰まらせた俺に、告げる。 「あなたもお友達よりこちらの方が良い?」  それは甘い誘いなどでは無かった。一歩踏み出して彼女の手を取れば、その瞬間に俺は一生この人に手が届かなくなる。  俺は身じろぎも出来ず、彼女を連れてどこかへ消えていく先輩を視界の端に見ることしか出来なかった。  それからすぐに、彼女の学校での評判というものを知る。  さながら高級娼婦クルチザンヌのごとき女  決して簡単に触れられる相手ではないが、価値があれば──それは彼女にとっての利用価値──さえあれば抱ける女。恐ろしいのは男たちは自分が彼女に利用されていると分かっていることであり、しかし同時に自分が最も彼女の心を知っていると思っていることである。  静かに微笑んでいる彼女がいつもよりほんの少し口を開けて笑って見せる  ──それだけで男は自分といるのが彼女にとって心地よいのだと思い込む。一度好意が向いていると信じればあとは彼女の思うまま。自分こそは彼女の本当の表情を見ていると思って。  彼女の小さなため息ひとつで  ──哀れな男たちは夢想する。彼女が他の男に見せない弱った姿をみせているのだと。 「あなたって、いつも余裕たっぷりでいやね」  ──少しすねたように言って見せれば、男は珍しく子供っぽさを見せる彼女に浮かされて、もっと余裕があるように見せようと彼女の行いを許す。  相手により、言葉を変えて、態度を変えて、仕草を変えて。時に幼く、時には大人びて、時には男友達のようにざっくばらんに話して見せて。 「そうやって、三幸ちゃんは何を手に入れたいんだ」  まだ誰もいない生徒会室で、俺は聞いた。もう苛立ってはいなかった。ただ知りたかった。それすら全て彼女の手の内かもしれなかったが、別に構わなかった。 「祭の日、一緒にいたあの年寄りが大事な人なんだと思ってた。だから俺みたいなのには興味がないんだろうと思った。でも、三幸ちゃんにとってはあの人も利用してるだけなんだろ」 「見られていたとはね」  驚いた様子もなくそう返される。 「着物を、変えてたろ。それに、あの老人と同じ類の匂いがした」  そう言うと、彼女は始めて目を瞬かせてこちらを見た。 「そこまで分かるの」  匂いとは、嗅覚で感じるものの話ではない。だから彼女は驚いた。 「千尋先輩も気づいてるだろ」 「そりゃあ千尋は気づいてるさ。ずっと前から。他のSとは格が違うもの」  霊力の感じ方は人それぞれである。三幸のように低級の場合は目の前にいる人間が発している霊力すら全く感じられない。見えるものの多くは霊力の塊である人ならざるものだけ。それも低級な妖がほとんどだ。  一般的に階級があがれば見えるものは増えていく。本人の霊力が高ければより高位の神と呼ばれる存在まで視認する。それは自らの霊力と高位のそれとが近しい存在であるから。 しかし、残り香のようなものはそれらとは質が異なる。その場に残っているすぐに消えてしまう淡い霊力を感じ取るためには、相応の技術と特殊な才能が必要だった。 「まさか三丿神くんもそこまでとは思っていなかったよ」  手に持っていたティーカップをテーブルに置くと、彼女はやっと俺と話をする気になったようだった。 「私が何を手に入れたいかと聞いたね」  微笑んだまま、まっすぐにこちらを見てそれは話す。 「私はただ自由がほしいだけ。何にも支配されずに、何も恐れずに、奪われずに、ただ好きに生きたいだけ」  好きに生きたい。なんのことはない、当たり前で平凡な答えにも聞こえた。けれど、それは彼女が自由ではないことの証だった。支配されていることの、恐れていることの、奪われてきたことの証明だった。  けれども、俺からすれば彼女はすでに多くを手に入れているように見えた。 「御角の跡継ぎになって、優しそうな爺ちゃんもいて、幸せそうだと思ってた。この世界、妖と関わる世界から離れたいのか? でもそれなら、霊力を持った人間の人脈を増やす意味がない。三幸ちゃんの言う自由ってなんなんだ」 「幸せそうに見えてる? それなら良かった」  彼女は得意げに笑った。イタズラが上手くいった子供のように。 「言ったでしょう。私は私の好きにしたい。他人のせいで逃げるなんてごめんだね」 「嫌な環境から離れるのは逃げなのか? だから環境ごと変えてしまおうと?」 「そうさ」 「そのために、好きでもない男と……! いや、……、……」  それを咎める権利が自分にないことは分かっている。納得がいかないのは俺の都合に過ぎない。本当は彼女が質問に答える義理すらないのだ。知り合って数ヶ月の友人に対して踏み込んでいい域は超えている。 「この学校は男の方が多いからやりやすいね。女はもう少し厄介だ。たまに女みたいな男がいるから気をつけないといけないけど。キス一つで支配欲を満たしてやって、一晩寝れば次を期待して必死に貢いでくれる。安いものさ」  その微笑みが、まるで自らを嘲笑っているように見えるのは、俺がそう思いたいからだろうか。本当は彼女がそんなやり方を望んではいないと思いたいんだろうか。  あわよくば、自分が助けてやれる隙があるとでも。  結局、俺も彼女に踊らされる男の一人に過ぎないのかもしれない。

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