思色の打掛 19

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※一部残酷な描写があります

あらすじ
明治中期~後期にかけて忍の里を舞台にした物語。
帝都から里へ帰ってきた燐太郎《りんたろう》に、忍修行中の少女 鼓《つづみ》が一目惚れするところから始まる。洋装を着こなし、優しげに笑う燐太郎に心惹かれる鼓だが、程なくして姉のサヤと燐太郎が婚約したことを知らされる。ショックを受けながらも大好きな姉を祝福する鼓。けれど、幼い頃から鼓を気にかけて助けてくれていた蒲《ガマ》はサヤに対して懐疑的で……。
様々な思惑が巡りながら、才能とは何か、自分にとっての幸せとは何なのか、探し、悩み、苦しみながら美しい悲劇へと向かっていく。

   【19】 「ねぇ燐太郎、鼓を見なかった?」  忙しなくいつもより華やかな着物姿の人々が行き交う中、艶やかな紅を引いた唇が男を見上げて尋ねる。  男は驚愕する。いるはずのない彼女が、痩せ細った女が微笑んで立っていることに。 「なんでここに……!」 「そうなの……昨日の夕飯の時はいたんだけど、きっと父さんなら知ってると思うけど忙しくて会えてなくて」 「……サヤ、とにかく、その小刀を置くんだ」 「うん。ありがとう。ごめんなさい当日にこんな」 「分かった。大丈夫だから……足も、怪我している。裸足でここまで来たんだろう」  黒い紋付袴を着こなした麗しい人を見ながら。この人はどうしてこんなに心配そうな顔をしているのだろうと思った。  でも、今はそんなことよりあの子を見つけなくちゃ。私のかわいい、たった独りの妹を。 「サヤ! どこへ行く!」  ごめんなさい。あとでちゃんと話すわ。だから今は待っててね。  神社の中を、彼女は鮮明な記憶で歩く。知っている。花嫁がどこにいるのか。どこで支度をして、今、どれだけ美しい姿をしているのか。  知っている。知っている。  だから、すぐに見つけた。  背が伸びたのね  後ろ姿でも分かるわ あなたがとっても綺麗に成長したのが  キラキラと光りを受けて 白無垢が眩しい  姉さんはね ずっとあなたの晴れ姿を見るのを楽しみにしていたの  あの日 あなたが私の家に来た日から  あなたは愛されているのだと知ってくれることを願って  いつかそれを私以外の人からもらえるように 与えられるように 願って  だから 待ってて 今行くわ 「つづみ……──」  目いっぱいの愛しさを込めた声とともに、振り下ろされた刀──振り返った女は眼前に飛び散る鮮血を少しだけ眩しそうに目を細めて見ていた。  神聖無垢な装束を見事な思色おもいいろに染めあげる  手に握られた刀はひるがえって 弧を描き 突き刺さった  ぐらりと傾いで 床に打ち付けられる頭  痩せ細った体は横たわり 幸福そうに笑っている  夢を見ている 幸せな夢を かつては自分もそれが現実になると信じた夢を  あたたかいひだまりのなかで眠る アンタの時間は あの日から止まったまま  妹のもとへ行くのか  あの日から 眠ったままのたった一人の愛しい人の元へ 「無事か!」  ガコンと開いて蒼白な顔で息をきらせて現れる──今日、自らの夫となる人。 「アタシがやられるわけないでしょう」  笑っていた。 「そうか、そうだったな」  安堵して、朱に染まった花嫁を抱きしめるこの世で二番目に憎い人  アタシを心から愛している男  全てを知っていながら その冷たい微笑みでこの体を生かし  そしてアタシの心を殺す人 「あァ、どうせなら殺してくれりゃァ良かったのになァ……」

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