06話 御神様はいづこ
【あらすじ】
貧しい村で生贄に捧げられた少女は、山奥の社に住んでいる神と出会う。神の滋養になるため食い殺されると思っていた少女だが、神は少女を気に入り側に置くことに。
次第に明かされる神の本性。果たしてそれは本当に神なのか、それとも……。
『まことにあの人間を、妻になさるおつもりですか』
珍しく、私が起きたら、隣にあの方がいなかったから、少しだけ不安になって夜着のまま社の中を探し周った。そうしたら、灯りが漏れている部屋を見つけて、安心してそっと中を覗くと、そこには神様と、何度か見たことのある『鬼』達がいた。
『いくらお子を成すつもりが無いとはいえ、貴女様にはもっと相応しい男がおりましょう』
鬼たちは口々に言った。
『そうです。貴女を慕う者は多いのですよ。あんな、何の力もないヒトを側におくなどと、貴女らしくもない』
その言葉に『御神様』は冷ややかな声で返した。
『相応しい男なぞ、見たことも無い。求婚してきた男神もいたような気もするな、だが、みな、独善的な阿呆ばかりであった。気色の悪いことだ。それに比べて『あれ』は、確かに力は無い。けれども、ないならば与えればよい。ヒトであることに不満があるというなら、ヒトでなくしてしまえばいい。なんの問題も無かろうよ』
『御君! そのような問題ではありません。ただでさえ、神を滅してしまったというのに、罪科を問われたらどうするおつもりです!』
『どうもせんよ。神殺しなど珍しくもなかろう。誰がわざわざ裁くものか』
なんのはなしを、しているのだろう、と思った。
『しかし! 盤石を期すべきでしょう。ここで男神を迎え入れれば、誰も貴女に手出しは出来ませぬ。貴女は我々の希望なのですから、どうか、今一度御考え直しをなさって下さい!』
わたしは、所詮あの方の暇つぶし。気に入りの玩具。愛情を与える遊びを、楽しんでおられるだけ。分かっている。分かっているのに、どうしてこんなに不安で、こんなに辛いのだろう。いつから、私は本当の愛情を望んだのだろう。あの方が、どこかの神様と結ばれたら、私はいらなくなる。
あの方は、私を優しく、殺してくれるのだろうか。
……あぁ、自分の事ばかり考えて、情けない。鬼たちの言い方から察するに、今のままではあの方の立場が危ういのだろう。神を殺してしまったから───……?
私はそこで初めて気づいた。先ほどの言葉を反芻して『神を滅してしまった』『神殺し』『罪科』? どこの、なんの、神様を殺したの? 私の愛する、あの『神様』は……?
それ以上、知ってはいけない気がして、この場を離れようとした時。
『誰だ!』
ひとりでに、襖が開いて、鬼たちの視線は彼女に集まった。
「あ、ぁ、申し訳、ありません……!」
怯えて謝った。けれど、私を睨みつけて警戒している鬼たちをよそに、上座に座る麗しいあなたは言ったのだ。たった一言。どうしてかそれは酷く不安そうな目をしていた。おそらくは、私に聞かれてしまった話を、私が想像してしまった真実を思って。何も畏れぬその存在は、神すら殺した、それは、小さなこどものように、願ったのだ。
『嫌いにならないで』
それだけで、私は全てがどうでも良くなってしまった。この存在が、何を殺していようとも、たとえそれが、本来私達が信じていたはずのモノであろうとも、すべては、どうでも良いことだった。鬼たちが声をあげるのも気にせずに、部屋にずかずかと入っていって、私を見上げるあなたに告げる。
「私を救ってくれなかった神様なんかより、私に生きる場所をくれたあなたのことを、愛しています」
そしたらあなたは、笑いながら、泣いた。ぽろぽろと涙をこぼすのを、初めて見た。尊大で傲慢に見えたあなたは、とても脆かった。
ゆらっと立ち上がって、私の事を抱きしめる。
『愛しい、私の花嫁。もう、手放してやれないけど、どうか、私のことを愛し続けて』
「えぇ、いつまでだって、愛してますよ」
───鬼たちは、押し黙り、認める他なかった。
やっと涙がおさまって、落ち着いてから鬼たちに謝ろうとした。
「ごめんなさい。本当は、私より相応しいお方がいるのでしょうけど、でも───」
彼らはそれを遮って、静かに頭を下げた。人間である私に向かって。
『御君があぁまで望んでおられる以上、もはや我々に口出しは出来ませぬ。どうぞ、奥方としてあの方を支えて下さいませ』
「……ありがとう」
鬼たちも、やっぱりあの方の幸せを一番に思っているのだ。それが分かると、あまり恐ろしくはなかった。けれども。
『それはそれとして、あの方に相応しい存在になるためには色々と尽力していただきます』
「えっ?」
『料理、裁縫のたぐいはそこそこ、といった具合ですが、あの方の隣に立つ以上きっちりと礼儀作法、手習い、教養、様々な事を身につけていただかねば!』
「え、えっと」
『ご安心を! 我らがみっちりとお教え致します!』
「よ、よろしくお願いします……?」
こうして、私は無事に妻として認められ、遅ればせながら花嫁修業のようなものを始めることになったのだった。
『そんなもの出来なくても困らないのに』
という主人の意見がまるっきり無視されてしまったのは、今回ばかりは仕方がないかもしれない。
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