アコニの花束 02話

02話 押し花

※小児加害など一部残酷な描写があります

あらすじ
近代ヨーロッパを舞台にした復讐劇。
ある事件により、車椅子での生活をおくることになった少女イネスは、その事件に関わった人間を探し出して自らの手で復讐することを願っている。唯一の味方である元奴隷のルイに協力してもらうが、なかなか犯人は見つからないまま、親の勧める実業家イーザック・フォーゲルの元へ嫁ぐことを決める
最初は互いに利害関係のみで成り立つ冷え切った夫婦関係だったが、ある出来事をきっかけに仲が深まり、やがて復讐へ協力してくれることになるが……。

【押し花】 「お嬢様、遅れて申し訳ありません」  深々と扉の前で頭を下げている、褐色の肌に、琥珀色の目をした青年。彼こそがルイである。 「今日はもう来てくれないのかと思ったわ」 「申し訳ありません。『押し花』に丁度良い花が咲いている場所を探していたもので」 「見つかった?」 「はい」 「それは良かったわ」  カラカラと車いすを動かして、イネスは青年の傍に行く。 「じゃあ、花を取りに行きましょう?」 「かしこまりました。御母上に許可はとってありますので、日が暮れてしまう前に戻れば良いそうです」  押し花にする花を、二人で取りに行く、と言うと、母親は快く了承した。 「いってきます。お母さま」 「いってらっしゃい。イネスもルイも、気を付けてね」  母親に見送られ、近くの山へ向かう。山と言っても、屋敷からずっと舗装された道があるため、それほど困難な遠出というわけではない。ルイに車いすを押してもらうと、すぐに目的の場所に着いた。  車輪に草がひっかかるといけないので、車いすは舗装された道の上に残して、ルイに支えられながら車いすから立ち上がると、危なげな足取りで野原を数歩ふんで、すぐに座りこんだ。  誰もいない、広い野原を見渡して、彼女は嬉しそうに微笑んでいる。  この『押し花』のための外出はしばらく続けられた。   「今日も押し花の花を摘みに行くの?」  母親がそう尋ねたのは、花を集めに行くようになってちょうど一週間くらいしたころだった。 「いえ、最初の頃に摘んだ花が乾いてきていたので、そろそろ次の作業にかかる予定です」  いたって丁寧な口調で答えるルイに、あらそう、と母親はどこか安心したように言った。 「実は、その作業について少しご相談がありまして……」 「なにか必要な道具があるの?」 「いえ、イネスお嬢様は、お二人に押し花で作った栞を差し上げたいと考えておりまして、出来ればサプライズしたいのだそうです」 「あら、あら、まぁ、それは嬉しいわ。分かったわ、しばらくお部屋に近づくのは止めておきましょうね。ふふふ、教えてくれてありがとう」 「いえ、ご協力感謝いたします」  こうして、『押し花』の次の作業が始まった。  イネスの部屋で、二人だけ、カーテンもドアも閉め切って、少しだけ会話をしながら、それを続ける。 「ねぇ、ルイ、お父さまやお母さまは、これを知ったら喜んでくれるかしら」 「……えぇ、きっと」 「ふふふ、手伝ってくれてありがとう、ルイ」  また数日経つと、母親はルイに様子を尋ねる。 「そろそろ栞は出来る頃かしら?」 「……はい。もう間もなく。あとは少し仕上げをするだけですので」 「そう、それなら、近いうちに大事な話があると言っておいてちょうだい」 「かしこまりました」  何度目かの『大事な話』だ、とルイは思った。それは、イネスが十五歳になった頃あたりから、度々やってくる、結婚相手についての話だった。イネスの両親は、出来るだけイネスの気に入った相手と結婚させてあげたいと考えていたので、何人かの候補たちがこの屋敷に訪れては、イネスに見向きもされずに、残念がって出て行くのを見た。  薔薇の庭園で微笑む、美しい娘の噂を聞きつけては、何人もの男がイネスへ求婚しようとしたが、その中で両親のお眼鏡にかなう身分と、ある程度の見目麗しい男だけが、この屋敷の門をくぐれる。その多くは、二度と見ることが無かったけれど。 「お嬢様、出来ましたよ」  完成した栞を見せると、いつものように彼女は微笑んで、言った。 「綺麗ね」  それは、ひどくどうでも良さそうに。  僕とお嬢様は、素知らぬフリをしている階下の二人のもとへ行く。そこでお嬢様は、はにかんだように、少し小さな声で、両親に声をかけるのだ。 「お父さま、お母さま、渡したいものがあるのだけれど……」 「おや、イネス、なんだい?」 「なにをくれるのかしら?」  父親は新聞をテーブルに置き、母親は食事の準備の手を止めて、やってくる。 「これ……栞をね、つくったの。ルイに手伝ってもらったのだけれど、一生懸命つくったから、お父さまも、お母さまも、本は好きでしょう?」 「もちろんだとも! 嬉しいなぁ! よくできてるじゃないか。大事に使うよ」 「綺麗ねぇ、本を読むのが一層楽しくなるわ」  喜ぶ両親を見て、イネスも微笑んだ。  その後、ひとしきりイネスの渡した栞を褒め称えると、大事そうにそれをしまいに行って、それから食事の時間になった。家族ではないルイは、この時間になると一度、屋敷を出てイネスの両親が紹介してくれた宿に戻って食事をする。 「あぁ、ルイ、明日は来なくていいわ。イーザック様がいらっしゃるから」 「かしこまりました」  どうせ、今回の相手も見向きもされず、すごすごと屋敷から出て行くのだろう。そう思って、さして気には止めなかった。  僕は、イネス自身が何を基準に結婚相手を断っているのか知らなかったから。

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