白い背中 エピソード4

エピソード4 春

あらすじ
穏やかな高校生活をおくる少年。警察組織に所属している父親を持つ彼は、幼い頃親しかった少年と再会するが、少年の父親は暴力団関係者であり、互いに成長した今となってはかつてのように会話をすることはない。しかし彼は思わず少年のことを目で追いかけてしまって……。
四季を象徴としながら二人の関係が変わっていくストーリーになっています。わずかに『薔薇色の男娼』と繋がっている部分がありますが、直接関係はないので片方だけ読んでも困らないはず。

【エピソード4 春】 「ペオニアにしては優しかったね」 「私はいつも優しいですよ」  少し拗ねたような声なのは、珍しく気に入っていた子供が巣立っていってしまったから。しかもその子供が選んだ相手が気に入らないときたものだから。  彼は不本意ながら手助けしてやったことにむくれているのだ。 「素質のありそうな子供だったし、少し私に似ていたからてっきりあのまま育てるのかと思っていたよ」 「そのつもりでしたよ。折角、人魚から龍にしてあげようと思っていたのに、あの子はずっと王子様を待っていただけだったんです」 「それで魔法使いは何を代償にあのかわいい人魚を陸に返してあげたんだい?」 「……過去を」  ──二人は過去を失う変わりに、狭く、こ汚い、みすぼらしい楽園を手に入れた。 「せっかくのキャリアを手放すのはもったいない気もするけどな」  薄い布団の上で彼は笑って言った。 「いらないさ。いまごろ父さんは泡を吹いて倒れてるかもしれないけど、まぁいいさ」  俺も能天気に笑って答えていた。 「そういえば、結局いまだにお前の背中を見ていない」 「あぁ、そうだね……見る?」  彼は美しく、幸せそうに目を細めて俺を見る。心臓をうるさく動かしながらうなずくと彼は白いシャツのボタンだけを外して後ろを向いた。 「自分で脱がせてごらんよ」  その声に、指先を震わせながら真っ白いシャツに触れ肩があらわになるだけで固唾を呑んだ。 「い、いいん、だよな、見て」 「いいんだよ。僕が許しているんだから」  するりと、下ろして見えたその背には──。 「鮮やかだろう?」  龍も天女も棲んでいない。そこにあるのは、美しい白。 「ふ、ふふふっ、あははははは!」  彼は今までで一番楽しそうに笑いながら。 「僕は組を継ぐつもりなんて最初から無かったんだから、墨が入ってるわけないだろう。どうだ? 感想は? がっかりしたか?」  ここぞとばかりに笑いながらこちらに向き直り、固まっている俺の顔を覗き込む。 「ずーーっと勘違いしてたもんな。まぁ僕がそういう風に振る舞ったんだけど、なぁ、僕のこと嫌いになったか?」 「……。なるわけ、ないだろ……。でも、そんな、ずっと……」 「君の頭のなかの僕は、いったいどんなに美しい背中をしていたんだろうな」  皮肉たっぷりにそう言うと、彼はシャツを着直そうと襟をただした。 「あぁ、まってくれ」 「ん?」 「……その白い背中を、もう少し見ていたい。やっと会えた秘密に」  背をなぞり、慈しむようにキスをする。  ──何も棲んでいないなら、俺が独り占めしたっていいだろう? 【おまけ】 「気になっていたんだが……その、娼館で仕事をしてたんだよな」 「あぁそうそう。ペオニアさんのお手伝いをね」 「手伝い?」 「部屋を整えたり備品を補充したり、あとフロントのお婆さんの手伝いでちょっとした事務仕事とか。バイトしてる感じだったね」 「……じゃあ、客を取ったりは……」 「してないよ。あははっ、もしかしてずっと気にしてたの?」 「そりゃ、気にするだろ……」 「はははっ! ほんと、馬鹿なやつ!」

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