03話 高木先輩と柴犬にバーガーショップで偶然会う
あらすじ
高校生になり、友達と部活動見学に向かった一信《かずのぶ》。弓道部に入ろうかと考えて、人だかりが無くなっても見学を続けていると優しげな部長から声をかけられ道具を見せてもらえることに。そこで遅れてやってきた三年生の先輩 高木(たかぎ)と出会う。
物憂げな表情で無口な高木は、冷たい印象を受けるが一信は次第に彼の優しさに気づいていく。弓を引く姿の美しさに惹かれ、高木自身へも惹かれていく一信。最初は困ったようにしていた高木も少しずつ心を開くようになり、明かされていく高木の危うさ。人間の醜さ、鬱屈を想いながらも、少年たちが愛とは何なのか考えていく物語。
【高木先輩と柴犬にバーガーショップで偶然会う】
無事に弓道部への入部を果たし、学業の方もやっと本格的な授業へと移り始めてしばらく経った頃。
休日のある日、僕は中学の時の友達と待ち合わせをしていた。
駅で会ってからそのまま近くのファーストフード店で昼食をとり、それから弓道用品であるかけを買うために弓具店へ行く約束だった。僕が弓道部に入ったことを伝えると友達は興味津々で一緒に行くと言った。
友達の電車が少し遅れているようで、先に店に入って待っといてくれと連絡が来たので僕は入る店の写真を撮って友達に送ってからそのハンバーガーショップへ入った。
そうして入り口を少し気にしながら待っていると、それは現れたのだ。
黒髪の彼である
もう一人、友達らしい柴犬のような顔をした男と共に会話をしながら店に入り端の方の席を選んで座った。注文は一緒に来た男が済ませるようだった。
僕は思わず立ち上がって、一人気だるげに座る先輩の元へ声を掛けに行った。
「高木先輩ですよね。僕、一年の、あ、弓道部の、一年で……」
先輩は僕が声を発するより少し遅れて顔をあげ、じっと押し黙るようにして僕の言葉を聞いていた。
「すみません。見かけたので声をかけたくなってしまって。僕、友達を待ってるんですけど、その……来るまで先輩とご一緒させてもらえませんか!」
──いたって陽気に少年が言ったので、高木は断るタイミングを逃してしまった。
「君は心臓に毛が生えてるんじゃないかい⁉ 普通三年生の先輩を見かけたからって相席を申し出るとは! それも対して仲良くないみたいじゃないかい⁉」
妙な上がり調子で話す男は、高木の友人である柴犬のような顔をした人物。この馬鹿っぽい犬っぽい男が高木先輩と親しいというのは違和感があったが、部活に出ている時や学校でたまに見かける時よりもやわらかい表情をしているのが何よりの証拠だった。
「それで、部活の後輩ということは君は弓道部か。もう高木くんが射っているところは見たのかい?」
「はい、見ました! すごく綺麗で……なんというか、見ている人の意識を全部持っていってしまうような、思わず動くのをやめて見入ってしまうような……」
思わず、射殺されたいと考えてしまうような……。そんな射だった。
僕は無意識のうちに、また彼の射を思い起こしていた。克明に、構えてから矢を放つまでの動作を想像し、そして的の変わりに自分を置いた。
あれが心臓に 突き刺さったならば
痛みよりも喜びが勝つだろう
一閃の迷いもない矢によって この体は拍動を終え
幸福に 堕ちるのだ
「……今度はもっと近くで見たいです!」
僕は笑顔で言を接いだ。的が羨ましかったですとはきっと口に出さない方が良いということは、今まで生きてきた経験で学んだことだ。
柴犬は、見る目があるねぇとなぜか偉そうに言い、
高木先輩はいつもどおりの押し殺したような声で言った。
「一年は、これから矢取りをさせることもあるだろうが、間違っても変なタイミングで飛び出すなよ」
低く、忌々しげに僕を見ながら。
もっとも、高木先輩は目つきが悪い上に髪で表情を隠してしまうものだから、いつも不機嫌そうにしか見えなかったのだけれど。
「はい! 気をつけます」
もちろん、本気で射たれようとは流石に思わない。いや、許されるのならば、的に立ってみたい気はあったが、それは僕のルールに反する。
他人のことも、自分のことも、そして自分を大切に思ってくれる人のことも、傷つけてはいけない。
「……それで、お前の友達はいつになったら来るんだ」
「そろそろ来ると……あっ! 来た!」
窓の外を走る友達を見て、僕は立ち上がり先輩にお礼を言ってからその場を去った。
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