04話 勝の成長
あらすじ
高校生になり、友達と部活動見学に向かった一信《かずのぶ》。弓道部に入ろうかと考えて、人だかりが無くなっても見学を続けていると優しげな部長から声をかけられ道具を見せてもらえることに。そこで遅れてやってきた三年生の先輩 高木(たかぎ)と出会う。
物憂げな表情で無口な高木は、冷たい印象を受けるが一信は次第に彼の優しさに気づいていく。弓を引く姿の美しさに惹かれ、高木自身へも惹かれていく一信。最初は困ったようにしていた高木も少しずつ心を開くようになり、明かされていく高木の危うさ。人間の醜さ、鬱屈を想いながらも、少年たちが愛とは何なのか考えていく物語。
【勝の成長】
柴犬のような男──彼は名前を勝と言った。高木とは違う高校に通っており、出会ったのは今より5年前、彼らが中学生の時である。
勝はいわゆるお坊っちゃまで、毎日の送迎はもちろんのこと家に帰れば使用人が出迎えてくれるのが当然のような家で育った。父親は仕事で忙しかったが勝のことは溺愛しておりずいぶんと甘やかしていたもので、彼は性格的屈折は持たなかったが変わりに尊大な態度をとるようになっていった。
今もなお、彼の態度や口ぶりは円滑なコミュニケーションの障害になる程度には人の反感を買っていた。
そんな彼と、気難しい高木がなぜ親しいのか?
──中学2年
勝はその態度が災いして友達になってくれるような人間はいなかった。話しかけてくる相手といえば、他のクラスから制服をずいぶんと着崩した恐ろしい顔の男たちがお金をせびってくるだけ。
幸い金はあったので暴力を振るわれることは無かったが、段々とせびられる額が増えていくのは今更止めようもない。神様に彼らを遠い別の世界に送り飛ばしてもらえないだろうかと念じたこともあったが、きっと明日も変わらず僕のお金で煙草を買ってパチンコへ行くのだろう。
もはや時間が過ぎることだけを希望として、卒業するまでに請求される額がお小遣いを超えませんようにと祈り始めたころだった。
その日は、珍しく送迎を断り友人と帰ると嘘をついていた。
父や使用人たちが勝に友達がいないらしいことを心配していたので、たまにそうした嘘をついて安心させようとしていたのだ。
一人さみしく、少し日がくれて薄暗い道を歩く。心細く、情けなさも感じていたが、彼は街の人々が行き交う帰宅時間の喧騒というものが嫌いではなかった。それに、この見栄っ張りな嘘で家の者達が安心したように微笑んでくれるのだから、善行を積んでいるような気にさえなっていた。
(早く帰ってじいやに僕が作った友達と話したこと十選を披露しよう)なんて考えてにやにやしながら歩いていた時──後ろの方から怒鳴る声が聞こえて勝は体を縮めながら振り返る。
ざわざわと人の群れが動き、騒ぎを避けるように歪な流れを作り出す
見れば同じ中学の制服を着た人たちであると気づき勝は余計に身を縮ませた。いつも自分に絡んでくる不良ではないかと心配したためである。けれども、決して見つからないように恐る恐る遠巻きながら凝視すると、恫喝している方はおそらく三年生の先輩であると分かった。いつも勝からお金を巻き上げる人間さえも恐れる三年生だ。
そして良くないことに、その恐ろしい人間たちが囲んでいるたった一人の小柄な生徒というのが、クラスメイトであることに気づいた。
彼のことは知っている。僕と同じようにいつも一人でいるのに、なぜかちっともみすぼらしく感じさせない不思議な人だ。そしてなぜかよくモテる。
季節を問わずマスクをして顔の半分が隠れているというのに、更に言うならその出ている部分だって、長く伸ばした前髪のせいでそれほどはっきりとは見えないというのに、クラスメイトから、先輩から、後輩から、とにかくモテてこの間なんか同性の先輩に告白されたという噂まである。
何がそんなに良いんだか! と嫉妬しながら……そのミステリアスな雰囲気に僕だって一度は友達になろうと話しかけたことがあるとは言えない。
そんな、不思議な人気者である彼が三年生の不良に囲まれている。彼は人と関わるのは嫌いなようだから、まずもって喧嘩の原因を作るとは考え難い。
しかしこんな時でさえ彼はちっとも怯えた様子が無く、静かに自分を囲う人間たちを見上げている。それが余計に先輩たちの反感を買うのだろう。
……けどもしかしたら? あの顔を覆い隠す布の下ではカチカチと歯を鳴らして神に助けを乞うているかもしれない。黒髪で隠れた眉は吊り下がり、瞳をうるませているかもしれない。恐ろしくて、ただ動けないだけで──。
その時、僕は見つかるのが怖くてそれほど近づかなかったために、彼の本当の静かさというものを知り得なかった。
彼は、静かに怯えていたのではない
彼は、静かに 本当に静かに 怒っていた
布に隠れた口元は真一文字に切り結び、黒髪に隠れた眉は吊り上がり、その瞳は苛立ちもあらわに不良を睨みつけていた。けれどもその静かな怒りを愚鈍な不良たちは測りそこねたために、彼の胸ぐらをつかみ更に糾弾した。
その内容は、ひどく下らないことだったような気もするが、彼らにはとても重要なことだったのだろう。ともあれ、僕は、その瞬間を見たのだ。
ふいに、不良はつかんだ手を離し──彼の綺麗な回し蹴りがその頭にクリーンヒットしたのを。
「高木くん! 高木くん! 君は格闘技まで出来るのかい⁉ すごい! 今のはどうやったんだ! 教えてくれたまえ!」
あっという間に囲んでいた不良を叩きのめした彼が平然と下校を再開したのを見て僕は思わずそれを追いかけた。
「ま、待ってくれ高木くん! ちょっとでいいんだ! 何をしたらそんなに強くなれるのか教えてくれ!」
すたすたと歩き続けて行ってしまうのを必死で引き留めようと声をかけるが、彼はこちらを見ようともしない。
(彼のように堂々と一人で生きていられる格好いい人になりたい!)
そんな気持ちが生まれていた。そして、彼の毅然とした態度は自分より背格好の良い年上の不良を蹴散らせる強さから来るに違いないと思った。
結局、彼は僕の声に応じてくれることは無かったが、僕は家に帰ってから父親に格闘技を習わせて欲しいと言った。
今までなら、そんなお願いはしなかっただろう。
授業でやった柔道でさえ、下手くそで痛い思いをするばかりだった。もう二度とやりたくないと思った。けれども、あの彼の完璧な姿を見て、憧れずにはいられなかったのだ。
そうして僕は空手を習い始め、いつかは彼のように不良を退けたり、絡まれている人がいたら颯爽と助けたり出来るような格好いい男を目指して頑張り始めた。
──しかし、当然のことながら技術も度胸も一朝一夕で身につくものではない。相変わらず絡んでくる不良たちに怯えながら、それでも今日こそは財布を出さないぞ! と決心して不良達の言葉に首を横に振った。
初めての反抗に少し驚きながら、けれども彼らは何のためらいもなく僕の頭の上に拳を振り上げようとした時。
思わず目をつぶった一瞬でそれは終わっていた。目の前にいた不良はうずくまり、周りの取り巻き達はわけも分からず後ずさった。
彼だった
その日から、僕は絡まれることが無くなり、変わりにかけがえのない友人が一人出来たのだ。
「どうしてあの時、助けてくれたんだい? それまで一言も話してくれなかったというのに」
しばらくしてから僕はそんなことを聞いた。そうしたら、彼は少し微笑んでこう答えた。
「お前の努力を知っていたから」
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