テレパシー 1章06話

06話 引退と発覚

あらすじ
高校生になり、友達と部活動見学に向かった一信《かずのぶ》。弓道部に入ろうかと考えて、人だかりが無くなっても見学を続けていると優しげな部長から声をかけられ道具を見せてもらえることに。そこで遅れてやってきた三年生の先輩 高木(たかぎ)と出会う。
物憂げな表情で無口な高木は、冷たい印象を受けるが一信は次第に彼の優しさに気づいていく。弓を引く姿の美しさに惹かれ、高木自身へも惹かれていく一信。最初は困ったようにしていた高木も少しずつ心を開くようになり、明かされていく高木の危うさ。人間の醜さ、鬱屈を想いながらも、少年たちが愛とは何なのか考えていく物語。

【引退と発覚】  春の大会が終われば三年の先輩は引退となり、大学受験へとシフトしていく。部活に来るのは6月いっぱいまで、大会後の部活は基本的に後輩指導、引き継ぎなどが行われる。部長は二年に改めて練習スケジュールの組み方や道具の管理について指導し、困ったことがあればすぐに連絡して大丈夫だからと優しく伝えた。  それほど人数の多い部活ではないこともあり、部員同士の仲は良い。こと、人徳のある部長は引退を悲しんでくれる後輩も多い。どの三年にも慕ってくれる後輩が何人かいて、それぞれに別れを惜しむ中、高木の元にはいつものように一信がやってきた。 「先輩、先輩が引退してからも連絡していいですか?」 「……好きにしろ」  ぶっきらぼうに言った高木が、内心嬉しくて照れていることはもうお見通しだ。 「先輩って何だかんだ構われるの好きですよね?」  よせばいいのに一信は浮かれた調子で言った。そのくらいの軽口が許される関係になっていると思ったためである。  高木も邪険にはしなかった。ただ図星だっただけに恥ずかしくなったのだろう。いつもは話している相手から顔を背けることなど無い彼が、目線を泳がせて自分の顔が少し赤くなっているのを隠そうとした。  それが災いした。  ちょうど、高木が目をそらした時。一信はほとんど無意識的に思ったのだ。  (部活、辞めようかな)  それほど深く思考して出した結果ではなく、本当に辞めるかもまだ決めていない。なんとなく高木が弓を引くことのないこの部活に意味を感じられなくなって、ぼんやりと思った。  けれども。 「なに言ってるんだ!」  赤かった顔はすぐに色を戻し、高木は驚いた様子で言った。少しばかりきつい声色だったのも、彼にしては非常に珍しいことだった。  一瞬の、間がある。  何に対して高木が声を荒らげたのか、一信は全く分からなかった。そして頭の中は空っぽになっていたから、尚のこと気づけなかった。だから高木は続きの言葉を言った。 「これから的前に立ったり、やっと本格的な練習に入るのに今辞めてどうするんだ。勉強が忙しいのか? そういうのは部長に掛け合って調整出来るし、とにかくそんな簡単に辞めるなんて──」 (言ってない。僕は今、口に出してなかった。顔にだって、出ていなかった。それどころか、先輩は今、顔を背けていたというのに!)  そう思った﹅﹅﹅瞬間。  口元を抑えて、先輩は見たことのない顔をしていた。 「……先輩、今日の部活が終わった後、時間ありますか?」 「ぁ、……あ、る」  泣きそうな声でそう言ったあの人に、加虐心がうずかなかったと言えば嘘になる。けれども僕はすぐに思った。 (誓って、あなたを傷つけません)  その思考を、あの人は正しく聞き取ってくれたのだろう。少し安心したように、濡れた瞳を僕へ向けた。  ──放課後  少し賑やかながら落ち着いた雰囲気のカフェに僕たちはいた。薄暗い照明が店内をつつみ、テーブルを仕切る半透明の壁は威圧感なく個人のスペースを守ってくれる。店を選んだのは先輩だ。 「学校の近くにこんなお店あったんですね」 「……疲れた時に、よく、来る」  言葉少なに、ここがお気に入りの店であるらしいことを伝えてくれる。  正直もっと警戒されると思っていた一信はその様子に安心した。どうやら、このまま縁を切ろうとか、全て忘れてくれと頼まれる気配はなさそうだ、と。少なくとも気に入りの店で鉢合わせても平気な人間に分類されたらしいことがこの時点で確定したのだ。 「……お前は、変わっているな」  ぽつり、 「俺が妙なことには気づいているのに、ちっとも変わらない」  ぽつり、と言葉をこぼす。 「お前は聡い。そのうえ、まっすぐだ」  褒めているのか、疎ましいのか。僕に、あなたの感情は分からない。 「疑うことすら無く、受け入れた」  そうだ。僕は自分でも驚くほどその事実をすぐに飲み込んだ。 「俺には、テレパシーがあるんだ」 「──……はい」  彼の口から直接その言葉を聞いた時、やはり僕は、ただそれを認めただけだった。それに今までの先輩の言動を見ればあまりその事実は違和感がなかった。人の感情に敏感な人だと思っていた。優しすぎる、とも。  聞こえてしまったのなら、この人にはそれが無視できなかったのだろう。  たとえ、人混みで気の狂うような喧騒に苛まれたとしても、黙って目を伏せて耐えることを選んでしまうこの人には……。

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