02話 秋
あらすじ
高校生になり、友達と部活動見学に向かった一信《かずのぶ》。弓道部に入ろうかと考えて、人だかりが無くなっても見学を続けていると優しげな部長から声をかけられ道具を見せてもらえることに。そこで遅れてやってきた三年生の先輩 高木(たかぎ)と出会う。
物憂げな表情で無口な高木は、冷たい印象を受けるが一信は次第に彼の優しさに気づいていく。弓を引く姿の美しさに惹かれ、高木自身へも惹かれていく一信。最初は困ったようにしていた高木も少しずつ心を開くようになり、明かされていく高木の危うさ。人間の醜さ、鬱屈を想いながらも、少年たちが愛とは何なのか考えていく物語。
【秋】
『秋』という季節に対して、人は様々なイメージを持つ。
柿や栗など旬の果物を思い出す者、落ち葉で焼き芋を焼くような、どこか寒くもあり、暖かくもある。そんな幸せなイメージをもつ者もいるだろう。または秋の落ち葉が、街道を染め上げる美しい景色を想像するかもしれない。
「先輩は、秋ってなにをイメージしますか?」
一信はファミレスの窓から見える赤く色づいた街路樹を眺めながら尋ねた。
「秋……? そうだな……」
高木が思案する間、一信は努めて頭を空っぽにしていた。この頃には、既に思考を無くすことで高木の能力を封じてしまう技術を身に着けていたのだ。それもあって、一切の情報なく彼は素直なイメージを述べた。
それはひどく、優しい顔で。
「──秋は少し、かなしくなる」
意外な言葉と、そしてそれとは裏腹な表情に一瞬どきりとして、それを悟られぬよう冷静に理由を聞く。すると高木はなおも穏やかな表情のまま答えた。
「なんとなく、寒々しいと思うんだ。誰もいないような気がして」
一信は、それ以上の追求をすることが出来なかった。その言葉の真意を、表情の理由を、尋ねれば答えてくれたかもしれなかった。
けれども頭の中の何かが警鐘をならしていた。聞かないほうが自分のために良いだろう、と。
同時にその答えを知っている気がした。故に聞くことを恐れ、一信はその話を半ば無理やり終わらせてしまった。
真っ昼間に出歩いても、それほど汗をかくこともなく、熱風も吹かない心地よい季節。ゆるやかに増えて行く人手を気にして、一信はしばらく外出の計画に思い悩んでいた。
以前に高木が言っていたことで一信もある程度は予想していたことだが、テレパシーで生活することにおいて思考の数が多いことよりも、その内容が多様であることのほうが苦痛であるらしい。例えば夏、人混みの電車の中ではさぞイライラした声も聞かれるだろう。けれども多くの人間の思考が暑さに持っていかれることも事実らしい。また車内の空調に快適さや寒さを感じてそれに染まることもある、と。反対に、人間にとって心地よい季節であるほど思考は分散し細々とした苛立ち、不安、複雑に広がっていく思考が「ガラス張りの水槽で適正量ではない蟻があふれ蠢くのを見ている」ような気分になると表現した。
あの手の観察を喜んでするタイプの一信としては、この人は虫が嫌いらしいというもう一つの知見を得られたことに感謝している。
さて、その件もあって外出は控えるべきだろうと判断し、一信は幾度か自分の家に高木を招いていた。両親は言葉少なでありながらも丁寧な挨拶をした高木を歓迎したし、高木も両親を快く思っているらしいことは表情から見て取れた。
部屋に来てすることと言えば、二人で映画を見たり勉強をしたり(教え合うことはお互い出来なかったが)、時には各々で好きな本を持ってきて言葉を交わさず過ごすこともあった。
しかし『二人』という状況においてセクシャルなことを考えたのは高木のほうであった。なにも階下に両親のいる後輩に手をだそうと思ったわけではなかったが、それでも少なからず触れ合う程度には……と。けれども当の一信はそれらのことを一切考えていなかった。
考えないようにしているのか、それとも全く思い至っていないのか、本人が明確な思考として意識化しない限り読み取ることは出来ない。そして一信は表面的な意識を曖昧にする技術が日々上達しており、今では一緒にいても考えていることがほとんど分からないことすらあった。
触れたい と 彼が思っていないのならそれで構わなかった
でも 恋というのはきっとそうではないのだろう
触れてはいけない と思わせるのは 辛かった
「一信」
床に座り、ベッドのヘリに背を持たれて本を読むそいつの耳元で、俺はぐったりとベッドの上を占領しながら囁いた。
「明後日は俺の家に来いよ」
すぐに慌てて振り向きながら、嬉しそうに返される。
「いいんですか⁉」
「いつもお前の家に邪魔してばっかりだしな」
それほど散らかしてはいないものの、念のため掃除をしようと思っての明後日である。
「誰もいねぇから、変な気つかわなくていい。また好きな映画でも借りてこいよ」
手土産なんて気にするなよ、と。自分は持ってきているくせにそんなことを言った。そして当然のようにそれ以外のところがひっかかったらしい。
「……誰も? ご両親は帰ってくるの遅いんですか?」
「一人暮らしなんだ」
高校生で一人暮らし、いなくはないが珍しいだろう。故に「なぜ」と聞きかけて、けれども口をつぐんだ。すぐにその理由に予想が付いたからだ。そしてそれを答えさせることは、高木の癒えない傷を抉るだろう。
ならばそんな下らない質問を頭に浮かべるよりも、一緒に見る映画に思い巡らせる方が有意義だ。
──この、至極献身的な思考により高木の思惑は外れた。実のところ『誰もいない』というのをわざわざ口にしたのは、二人きりであることを意識させようと思ってのことである。ところが一信は目の前の事実よりもその背景を読み取って、一瞬で高木の苦しみにまで思いを馳せた。
同情を誘う意図は欠片もなかった。そのことは一信も承知しているだろう。
だが、同情されるだけの事情は確かにあったのだ。一信がすぐに思い至った一人暮らしの理由というのはほとんど間違いなく当たっていたのだから。
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