テレパシー 2章07話

07話 ブルー

あらすじ
高校生になり、友達と部活動見学に向かった一信《かずのぶ》。弓道部に入ろうかと考えて、人だかりが無くなっても見学を続けていると優しげな部長から声をかけられ道具を見せてもらえることに。そこで遅れてやってきた三年生の先輩 高木(たかぎ)と出会う。
物憂げな表情で無口な高木は、冷たい印象を受けるが一信は次第に彼の優しさに気づいていく。弓を引く姿の美しさに惹かれ、高木自身へも惹かれていく一信。最初は困ったようにしていた高木も少しずつ心を開くようになり、明かされていく高木の危うさ。人間の醜さ、鬱屈を想いながらも、少年たちが愛とは何なのか考えていく物語。

【ブルー】  道端に茶色い葉が増え始め、歩くとパキパキ乾いた音が鳴る。  高木は順調に受験への準備が進んでいた。面接練習も教師に何度か見てもらい、まぁ大丈夫だろうと言われていたし小論文も時間内でまとめられるようになってきた。気を抜くわけでは無かったが、暇を見つけては弓道場(流石に部活に顔をだすと顧問が心配しそうだったので個人的にお世話になっている道場)へ行って弓を引き折角だから今度は一信も連れてきて一緒に練習しようか、なんて考えながら帰り道メールを打った。  弓のことも俺のことも大好きだからきっと喜んで行きたいと言うだろうと思って送ったメールは、非常に丁寧な言葉と共に断りの連絡として返ってきた。  忙しいのだろうか。考えてみればあいつにも俺以外の人間関係がある。家族だっているわけだ。断られることくらいあるだろう。そうだ。あいつのことだから断ったのを気にしているかもしれない。大丈夫だからまた時間のある時に行こうと返信しておかなくては。  高木のテレパシーは電子機器を介すると無効になる、ということは既に親しい人間には周知している事実だ。そしてそれを最も意識しているのは他ならぬ高木自身である。なぜなら他の人間からすれば、その真偽はわかりようもないのだから。実際に高木の父親はそれを信じておらず、最低限の連絡以外は絶対にしない。  高木は人のプライバシーを踏み抜かない電子機器を好ましく思っていたが、普段他者の言葉から感情を読み取る能力を必要としないため、文章を見てもその文字情報がもつ表面的な意味以上のものを感じる事はできなかった。表情という視覚情報があればまだしも読み取れるものがあったかもしれないが、白い背景に黒い文字だけでは限界があったのだ。  嫌に丁寧でそのくせ大事な情報のない文字の羅列から、その向こうにいつも通りの一信がいると想像して。なんの疑いもなく、違和感もなく、いつもどおりの自分として丁寧な返事を送った。  それが二週間前。  学年が違うこと、そして受験期である三年の時間割が不規則であることが拍車をかけて学校で一信を見かける機会すらなくこの二週間が過ぎた。メールのやり取りはしていたが学外で会う機会も得られないまま……。  今までは向こうから頻繁に連絡が来たし、暇さえあれば会いたいと言い、探さなくても声をかけてきたあいつが。  避けられている……? いや、心当たりが何もない。秋休み遊びにいった後も普通にしていたし、でもそれから少ししてから会うことが減ったような。  なにかしてしまったのだろうか。人の機微には敏いつもりでいた。けれど一信は心を隠すのが上手い。分かった気になって大事なことを見落としていたのかもしれない……。  今まで他人の心なんて考えなくても勝手に入ってきて、分からないなんて思わなかった。けれど今、自分はごく普通のひとと同じように考えなければいけないのだろう。  ずっとそれをしてこなかった俺には難解な問題だった。 「……もしもし、政? 少し、相談があるんだが……」  携帯電話というのはつくづく便利なものだと思いながら、高木はうろんな気持ちのまま話を切り出した。 [一信くんに避けられてる? ほんで心当たりが全くないて? ほーん……。取り敢えずどーゆーメールやったか見してみ]  スクリーンショットでいくつかのやり取り送ると、政はきっぱりと言った。 [こら確かに避けられとんな。最初の誘いを断る文章もそうやけど、全部理由が一個も書かれとらんやろ。一信くんの普段のメールは分からんけど、あの子はちゃんと心配させんように理由までくっつけて断りそうなタイプやろ。なんちゅーかこの文章は空々しいって言ったらええんかな、違和感やばいわ。このノリで二週間?] 「う、ん……。おかしい、のか?」 [二週間前って言うたら、ちょうど俺んとこ泊まったちょい後くらいからか。……あー、なんちゅーか、ちゃんと話し合ったほうがええんとちゃう? なんか誤解とか起きてるかもしれんし、ほら、蘭ちゃんはあんま自分の気持ち言わんやろ] 「そうだな。ちゃんと話をしてみよう。電話だったら不用意に探ってしまうこともないし」 [え? いや、そういう話はちゃんと面と向かってせなあかんやろ] 「いや、こういう話こそダメだろう。考えてる途中のまとまってないものとか、言い方だって向こうは考えたいだろうに、そういうのを何でも先に知ってしまわれると思ったら向こうはおちおち考えてられないだろ?」 [何言うとんねん。考えて意見が変わるわけやないやろ。じゃあ一緒やん。テキトーにやわこい言葉で包んだからなんやっちゅうねん。そもそもテレパシー持っとる人間と付き合いたいっちゅうならそんくらいの覚悟あるやろ] 「誰も彼もが政みたいに潔くはないし、知られたくない部分はあるだろ」 [俺かてあるで。知られたないこと。初めて喧嘩したときとか俺、むっちゃムカついて酷いこと考えとったやろ。それでも蘭ちゃんは受け止めて言い返してきたし、俺も謝った。傷つけるんはお互い様や。カッコ悪いとこは知る方も知られる方も辛いやろ。それとも何か、もしかして蘭ちゃんが知るのが怖いんか? 一信くんが自分に酷いこと考えとったらどうしようって。それやったら尚更、ちゃんと会って話さなあかんやろ。それが出来へんのやったら、どうせこん先も続かん] 「……分かってる。……こわい、の、かもしれない。ありがとう政。会って、話してみるよ」  ぐさぐさと刺さる言葉は、図星だからこそ、こんなに痛いのだろう。 [おう! 話してみてあかんかったらまたいつでも電話し。相談も愚痴も聞いたる] 「うん。ありがとう」  たった一つ年上なだけなのに、彼の逞しい精神はどうやって出来たのだろうかと思わずにはいられない。これも一種の才能だろう。  醜い己を認めてなお決然と  頭を下げる姿すら勇ましく  燃える魂は他者をも生かす  俺はいつだって人を傷つけることを恐れていた。けれど、今は傷つくことを恐れている。いや、もしかしたらずっと……?  きっとあいつは油断している。俺がまさか教室まで来るだろうとは思いもしない。だから帰りのホームルームが終わったら走って一年の教室に行った。 「一信!」  すぐに聞こえたのは、「(しまった!)」という言葉。あいつは俺が現れた理由を一瞬のうちに理解して、ほんの数瞬──頭の中が灰色の砂嵐に変わる。  これほど見事に切り替えられる人間がこの世に居るだろうか? けれども、その間は確実に彼の思考を奪っている。俺が望んだ気楽さはそこに無かった。 「……一信、話がある」 「すみません先輩。これから部活があるんです」 「そうか。休め」  平然と言われた言葉を理解しかねたようでぽかんと口を開けた。 「聞こえなかったか。サボれと言ったんだ。そんなことより、荷物はもう片付いてるな。じゃあ行くぞ」  三年の先輩に引きずられていく一信が周りの目にどう映ったかはさておき、高木は場を設けることに成功した。 「せ、先輩、どこに行くんですか」  困ったように、弱々しく笑って尋ねた。すると短く鋭い声で返事がある。 「俺の家」 「え……、えっ、家ですか? 待ってください。話って──」  しかめっ面でずんずんと進む高木を見て、一信は言葉を選びながら問う。 「先輩、怒ってますか? 最近時間が取れてなかったから……? あの、ごめんなさい。忙しかったんです」  しかしその言葉も無視されて、ただ突き進む。どうやら家につくまでまともな会話をする気はないようだ。  ここまで来たら腹をくくろう。

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