エベーヌの虚城 02話

02話 弟たち

※一部残酷な描写があります

あらすじ
怪我をして森で倒れていた少年ルカは、シスターエベーヌに拾われて傷を癒やしながら小さな森の中の家で他の12人の子供たちとともに暮らし始める。
中世ヨーロッパ、魔女狩りが過激化していた中で、不可思議な行動をするエベーヌと病弱な妹の存在。そしてある日、妹の治療のため家を空けることになったエベーヌ。寂しさで泣く子供たちの中でルカの狂気が目覚める!

【弟たち】  子どもは十二人いた。そのうちの一人は体が弱くまだ眠っているらしかったが、それ以外の十一人はその日の昼食で顔を合わせることになった。  左から順に、名前を言っていく。まずは俺が起きたとき側に居てマモーを呼びに行ったバルトロマイ、そのとなりに黒髪で少し顔立ちが母親に似ているヤコブ、眠そうな目をしたアンデレ、そしてその兄であるペテロ、ひときわ美しい顔立ちのヨハネ、そして母親たる彼女が座り、更にその左に落ち着かない様子のトマス、もうひとりのヤコブ、彼は顔にできたばかりの傷と治りかけのものがあったからどうやらやんちゃらしいことが分かる。そしてバルトロマイと一緒に居たピリポ、メガネをかけているマタイ、白髪で大人しそうなタダイ、最後に坊主頭のシモンという並びだった。 「みな、まだ幼いがよく出来た子たちだ。仲良くしてやってくれ。そうだ、それからまだ私の名前を教えていなかった。私の名は『エベーヌ』──そのままの名前で呼んでもかまわないし、この子たちのように母さんマモーと呼んでくれてもかまわない」 「では、母さんと、呼ばせてください。俺はルカと言います。改めて助けてくださったこと、それにこの家に居させてくれること、本当にありがとうございます。どうか、よろしくお願いします」  頭を下げると、子どもたちは我慢の限界だというように椅子から飛び降りて俺のところに駆け寄ってくると一斉に声を上げた。 「ルカ! ルカっていうんだ! かっこいい!」 「あっ! シモンそんなに飛びつくなって! この兄ちゃん怪我してんだぞ!」 「ねぇ、ルカ兄ちゃんって呼んでい? ボク、ずっとお兄ちゃんほしかったんだぁ!」 「ズルいぞピリポ! オレもオレも! ルカにい! 怪我治ったら一緒に遊ぼうぜ!」  元気いっぱいにじゃれてくる子どもたちは、少しだけかつての教会で死んでいった子らを思い出させた。 「あぁ。いっぱい遊ぼうな」  俺も椅子から降りて床に膝をつくと、できる限り子どもたちの体当たりに近いハグを受け止めて小さな頭をなでてやる。  それを見て女、もとい母さんも安心したのかじゃれる子どもたちから目をそらし、隣に座る人見知りらしいトマスに優しく声をかけていた。なにを言っているのかは周りの子どもたちの歓声にかき消されて分からなかったが、トマスがホッとしたように母親を見上げていることは分かった。  やはり、彼女はこの子どもたちにとても心を配っているのだ。でなければ、衣食住を与えたからと言って皆が慕ってくれるわけではないはずだ。  それからすぐに俺は子どもたちと仲良くなって、一週間も経つ頃には怪我もすっかり治って母さんも外に出てかまわないと言ってくれたので約束通りたくさん遊んだ。  多くは七、八歳の子どもたちで彼らからすれば一回り年上の俺はずいぶん大人に見えるようだったけど、遊び始めたらそんなことはお構いなしに一緒になって木に登ったり、少し開けた原っぱに出ると服に草がひっつくのも気にせず寝転んだ。 「なぁ、ルカ兄ちゃんはここに来るまでどこにいたんだ?」  ペテロが無邪気に尋ねる。すると答える前に弟のアンデレがそれを制した。 「ルカさん、無理に答えなくていいよ。言いづらいこともあるだろうし」  大人びた物言いに少し面食らいながら、不服そうなペテロに耳打ちしているのが聞こえた。 「エベーヌ様が言ってたじゃないか。辛いことがあってここに来てるって」  すぐにペテロはしまったというような顔をして、話題を変えようと焦っているとシモンが大きな虫を捕まえたと言って走ってきたのでホッとして、それからは虫の話に終始した。 虫は焦げ茶色で角が一本生えた強そうな虫だった。 「ただいま、母さん」  家に帰るとちょうど二階からお祈りを終えておりてきた母さんが出迎えてくれる。 「あぁずいぶんとまた、はしゃいだみたいだね」  そう言って俺の頭についた葉っぱをそっと取ってくれる。  弟たちの汚れはあらかた取ってやったし、自分の汚れも家に入る前に落としたつもりだったが一番背の高い俺の頭についた葉っぱは、母さんにしか見つけられたなかったんだ。 「ペテロ、アンデレ、シモン、ヤコブ、着替えて来なさい。それからルカ、体が痛んだりはしていない?」 「はい。もうどこも。本当にありがとうございます」 「よかった。……そんなに何度も感謝しなくても、いいんだよ。手当をしてやったのも、お前を拾ったのも、私の勝手な幸福のためだからね」 「でも、あのままならきっと俺は死んでいたか、異端審問官に見つかって魔女裁判のために監禁でもされていたかもしれないから……。だから、こんなに穏やかにいられるのは貴女のおかげなんです」 「滅多なことを言うものではない。まるで教会が、裁判のためならどんな犠牲も強いるかのような、そんなことをね」 「でも、彼らは証拠を集めるためなら何だってするでしょう。下手をしたら俺のことだって、魔女に毒されている﹅﹅﹅﹅﹅﹅かもしれないとでも言って、殺されていたかもしれない」 「口を慎みなさい」  母さんは静かに、けれどいつもより厳しい声で言った。 「お前の言葉を、子どもたちが真似する。あの子達はまだ未熟で、素直なんだ。魔女が悪いものであるとも思っていない。お前が教会を悪く言えば、外でそれを口にしてしまうかもしれない」  言われて俺はハッとする。考えもしなかった。ただ自分が魔女を一様に悪いものとは思っていないことを伝えようとした。それはあまりにも利己的な理由によって。 「分かったら着替えて、もう間もなく夕食の用意をするから手伝いなさい」 「はい。母さん」  俺は、この小さな、本当に小さな家から追い出されたくはなかった。  たとえこの家の食べ物が  畑などどこにもなく 商人が訪れることもない森深い場所で  豊かに採れる食べ物が  どこから来るのか分からなくても  あの日の夜 魔女につけられた大きな傷が  わずか七日のうち あとかたもなく治っていても  俺は構わなかった。母さんが何者であっても、不器用に笑う真っ黒い女は『子ども』である俺を脅威から守ってくれるのに違いないのだから。

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